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堕ちた元委員長  99  法的措置でも「二枚舌」

2011年2月12日

 公明党の歴代委員長の中で唯一「政治とカネ」の問題が原因で“引責辞任”した元政治家の「矢野絢也」が、1988年から89年にかけてとりざたされた明電工疑惑において、嘘八百の言い訳を繰り返し、世の中を呆れさせてきたことはすでに述べてきたとおりだ。同人がどれほどの「二枚舌」の持ち主であるかは、この事件によってその正体はくっきりと浮かび上がっている。言うなれば、自分の身を守るためなら、どんな「嘘」でも平然と繰り返し述べることくらい“朝飯前”の行動であり、そこに何らの抵抗すら感じない「人格」が見てとれる。そうした行動は、法的措置などの分野でも、当時から明確にあらわれていた。
 矢野は明電工疑惑にスクープ記事で火をつけた朝日新聞社に対し、記事が出た翌日に警視庁あてに名誉棄損で刑事告訴したものの、その告訴状はわずか3か月後にはこっそりと取り下げられていた。一方で朝日新聞社への民事提訴は行っていない。民事裁判は相手の同意がないと取り下げられない関係で、ポーズだけ戦う姿勢をとりたい場合などは、政治家は刑事だけ法的措置をとりつつ、あとで取り下げるという手法をとることが多いようだ。矢野の行動はまさにそれを地で行くものだった。
 実は明電工疑惑は、88年12月に朝日新聞がスクープする前の月、日本共産党機関紙「赤旗」が拘置所内の中瀬古被告に面会し、矢野と2人が密接な関係にあったことを裏付ける証言を引き出し、スクープしていた。矢野はそれまで中瀬古氏との関係について「一切無関係」と弁明してきた関係で、矢野の『虚言』が当事者の口を通して暴かれる格好となった。
 だが、なぜかこのとき、矢野は赤旗を訴えることすらしていない。学生時代に共産党の活動をしたことのある同人は、共産党の手法を知悉しており、下手につつくと自分が追い込まれかねないことを危惧したのだろう。そのため、朝日新聞社に対しては告訴の手段に出たものの、結局は尻尾を巻いて逃げ出す格好となった。
 自らの金銭スキャンダル事件であった明電工疑惑に対し、「二枚舌」で対処してきた矢野絢也の行動は、議員引退後、幾つかの法廷闘争においても終始一貫したものだった。同人にとっては、明電工疑惑への「二枚舌」を使った対応と同じく、法廷で『偽証』を繰り返すことなど、“朝飯前”の行動にすぎなかったからである。

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カテゴリー:コラム, 矢野絢也
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