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堕ちた元委員長  97  20年以上つづく“二枚舌”

2011年2月7日

 矢野絢也が「政治とカネ」の問題が原因で公明党委員長を“失脚”する原因となった「明電工疑惑」に、2つの側面があることはこれまで繰り返し述べてきたとおりだ。一つは党委員長に就任した翌月の1987年1月、10億円もの仕手株の取引に関わった事実であり、もう一つは同じ年の5月、時価8億円といわれた当時の新宿二十騎町の矢野の自宅において、矢野が株の購入資金として2億円の現ナマを明電工関係者に手渡したという事実である。このうち後者の2億円について、矢野は当初、朝日新聞社の取材に次のように答えていた。
 「中瀬古に会ったことは覚えがない」
 「石田(専務)とも同じだ」
 「自宅に来たことはない」
 その上で矢野は、2億円は元秘書Nが明電工に融資するのを仲介しただけと、奇想天外な主張を行うようになる。2億円もの大金にもかかわらず、元秘書は受け渡しの場に同席していなかった。それだけでなく、貸借契約書すら「交わしていない」ということで、契約書を示すことすらできなかった。100円や1000円の貸し借りではない。2億円の融資を法人相手に行った人物が、借用書をとらないということが、この世にありえようか。
 矢野は朝日新聞の取材に対し、「悪質なでっち上げだ」とまで言い切ったその日の深夜、明電工の石田氏に電話し、次のように問いただした。
 「君は去年の夏、他言しないといい、なかったことにすると言っていた」
 「つまらないことは発言してもらいたくない」
 「君の今後の対応を聞きたい」
 矢野は姑息な≪隠蔽工作≫を行っていたわけだ。矢野本人はこれらの事件について、20年以上たって出版した書物のなかで、次のように語っている。
 「私個人に関しても、明電工事件の疑惑をかけられましてね。党が関係者に面談して書類を点検し、調査報告書を作って、疑惑をはらしてくれました」
 疑惑をはらしたどころか、いまも疑惑はそのまま残ったままである。20年以上もすぎて読者は事実関係を知らないだろうとばかりに、嘘八百を並べたてる元政治家――。そこに良心や誠意といったものは微塵も感じとれない。矢野絢也がどれほどの≪二枚舌≫の持ち主か、この事件はその本質を浮き彫りにしている。

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カテゴリー:コラム
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