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堕ちた元委員長  95  矢野絢也がシラを切り続ける「明電工事件」

2011年2月2日

 1989年5月、公明党の歴代委員長の中で唯一、「政治とカネ」が原因で委員長職を追われた矢野絢也は、自ら起こした金銭スキャンダルについて最後まで認めようとしなかった。その姿勢はそれから20年以上たった現在もまったく変わっていない。矢野が政治生命を失う原因となったのは、当時、明電工疑惑と呼ばれた事件だった。若い人にはこうした事件を直接知らない人も多いと思われるので、以下に簡単にまとめてみる。
 明電工事件とは、東京・渋谷に本社をもっていた節電装置メーカー・明電工の実質的オーナーだった中瀬古功という人物が起こした、株取引をめぐる脱税事件を指している。総額21億円にものぼる個人の脱税は当時、史上3番目の巨額脱税事件として騒がれた。このうち、87年1月に中瀬古氏が行った10億円に及ぶ株取引において、株を購入した名義人に、矢野の元秘書らの名前がとりざたされたことが問題となった。
 さらにこれと別に87年5月ごろ、矢野が明電工関係者に対し、株取引のために2億円の現金を手渡していた事実も発覚。しかも受け渡し場所は委員長である矢野の自宅だった。報道では、矢野が利益の確実な第三者割当増資株を購入するための代金とされたが、矢野本人は当初は「無関係」と強弁し、それが通らないとみるや、途中から「秘書の融資を仲介しただけ」などと主張内容を“変遷”させた。
 矢野は秘書による明電工への2億円もの融資を“仲介”したと主張しながらも、その場に秘書本人は同席しておらず、まして融資の「契約書」も示せなかった。仮に契約書を事後に“偽造”したいと考えても、相手のある話である。もともとそれがあるのなら、「契約書」を示せば疑惑は溶けてなくなる。つまりは、客観的にはだれの目から見ても、都合のいい“言い逃れ”にすぎなかった。
 双方の言い分が対立したとはいえ、「清潔の党」であるはずの公明党委員長の自宅において、2億円もの金銭授受がなされたという「事実」そのものは、動かしがたい、否定できないものだった。そのことが支持者に衝撃を与え、さらに動揺を生む結果となった。
 矢野は86年12月、党委員長に就任した際、「立党精神をいま一度思い起こし、民衆の側に立つ公明党として前進しよう」などと述べていた。だが実際は、その翌月の87年1月、10億円の株取引(金儲け)に関与していただけでなく、同年5月、国会会期中にもかかわらず、日中公然と自宅に舞い戻り、業者に2億円もの札束を手渡していた。口では「立党精神」「民衆の側」などと叫びながら、実際は、立党精神を踏みにじり、「自己利益」のために執心していたわけである。≪二枚舌≫の典型ともいえよう。
 こうした矢野の≪二枚舌体質≫は、当時から20年以上たったいまも上記の虚偽主張を平然と重ねている事実に加え、この件について支持者に謝罪することをせず、逆に開き直り、教団攻撃に走っている事実からも顕著であろう。矢野が単なる「ウソつき」でなく、むしろ「詐欺師」に近いと言われるのはそのためである。

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