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堕ちた元委員長  92  政治家として、人間として「失格」した男

2011年1月22日

 そもそも論から始めたい。矢野絢也は元公明党議員としてあるいは人間として、なぜ「失格者」であると批判されなければならないのだろうか。
 第1に、立党の精神を掲げて政界に飛び出し、党の最高幹部として長年にわたり政治活動を続けながら、崇高な立党精神を堅持できなかったばかりか、むしろ踏みにじるような行為をとってきたという「事実」である。
 ここでいう立党精神とは、1962(昭和37)年9月、公明政治連盟の第1回全国大会において、池田会長(当時)が示した「大衆とともに語り、大衆のために戦い、大衆の中に死んでいく」という精神のことを指す。自分のことではなく、国民のために働けという檄文であったと思われるが、矢野は国会議員になってからはむしろ一家の資産形成(=蓄財)に奔走するようになり、関西と東京に豪邸を構え、株取引に暗躍するなど、およそ大衆に尽くす政治家ではなくなっていた。最後は、明電工事件という不明朗な金銭スキャンダル事件を引き起こし、大きな社会問題に発展し、引責辞任させられた。
 第2に、矢野は上記の行動について何ら反省することなく、これまで生きてきた。引責辞任からすでに22年近くがすぎるものの、同人が上記の行為について、反省する行動をとったことはこれまでない。むしろ、政界引退後は、月刊誌に手記を発表するなどしながら、支援団体を攻撃するなどの行動を繰り返してきた。
 第3に、いまとなっては教団側を逆恨みし、あべこべに、「反逆者」として活動をするにいたった。もともとの原因が一番目に指摘された自身の政治行動の失敗にあったにもかかわらず、その責任を自分以外のものに転嫁することで、自己責任をないものに装う、政治家などによく見られる典型的な手法だった。
 第2から第3に至る過程において、支援団体側から矢野本人に対し、人間としての改心を求めるためのさまざま働きかけがなされたことは事実である。だがそうした過程を、本人が「脅し」と受け取るのか、別に受け取るのかは、本人の主観によっても大きく左右される問題であり、一概にどうこう言えるものではない。
 ただ一つはっきりいえることは、第1の過程において、矢野絢也は公明党政治家としては明確に失格したという事実であり、第2・第3の過程においては、さらに「人間の道」においても失格に至ったという事実である。
 多くの庶民の手弁当の協力を得て国会に送り出してもらった人間が、たいした仕事や実績を残すこともなく、むしろ「自らの不祥事」によって多くの支援者に迷惑をかけてきたにもかかわらず、その行動を真摯に反省することなく、むしろそれを隠すようにこれまで生きてきた事実に、問題の本質はおおむね集約されている。

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カテゴリー:コラム, 矢野絢也
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