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ノーベル平和賞授賞式

2010年12月11日

 11日付の東京新聞は1面トップで「74年ぶり主役不在 ノーベル平和賞 劉暁波氏」のタイトルを掲げた。受賞者が本人だけでなく、親族も出席しないのは74年ぶりという。この100年間に、平和賞授賞式で本人不在となったのは、5人目。近いのは91年のアウンサン・スーチーさんの授賞式だった。
 今回の式典には17か国が欠席した。多くが中国政府の意向による。列記すると、中国、ロシア、カザフスタン、チュニジア、モロッコ、エジプト、スーダン、サウジアラビア、パキスタン、アフガニスタン、イラク、イラン、ベトナム、スリランカ、ネパール、キューバ、ベネズエラだ。
 獄中にあって出席できなかった劉氏は、「私には敵はいない」と題する文書を代読させた。これは09年12月に劉氏が法廷において陳述したとされるもので、朝日新聞によると次のような格調高い内容である。
 「私は、自分の境遇を乗り越えて国の発展と社会の変化を見渡し、善意をもって政権の敵意に向き合い、愛で憎しみを溶かすことができる人間でありたいと思う」
 「私の心は、いつか自由な中国が生まれることへの楽観的な期待にあふれている。いかなる力も自由を求める人間の欲求を阻むことができず、中国は人権を至上とする法治国家になるはずだ」
 「私は私の国が自由に表現できる大地であってほしいと思う。そこでは異なる価値観、思想、信仰、政治的見解が互いに競い合い、共存できる。多数意見と少数意見が平等の保障を得て、権力を担う者と異なる政治的見解も十分な尊重と保護を得ることができる。すべての国民が何のおそれもなく政治的な意見を発表し、迫害を受けたりしない」
 「私は期待する。私が中国で綿々と続いてきた言論による投獄の最後の被害者になることを」
 「表現の自由は人権の基であり、人間らしさの源であり、真理の母である。言論の自由を封殺することは人権を踏みにじることであり、人間らしさを窒息させることであり、真理を抑圧することである」

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カテゴリー:コラム
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