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堕ちた元委員長  85  陰で竹入批判を繰り返した矢野絢也

2010年11月24日

 公明党国会議員OBの3人が、新宿区にある矢野絢也所有の「豪邸」を訪れたのは2005年5月。矢野が議員引退した93年から数えて12年が過ぎていた。このとき矢野は、同僚議員であった3人にこう述べた。
 「僕は本当にこのお、一昨日来てくださったこと、本当にうれしかった」
 「私も男ですから、約束した以上はそうしますしね」
 「本当に10数年間、ご迷惑かけて、本当に申し訳なかったと」
 「きっかけがないもんでね、わしは。あなた方のおかげで救われた」
 いずれも5月17日夜の時点における矢野本人の発言である。一方、それに先立つ5月15日には、3人に対して次のように語っていた。
 「僕はあのう、竹入(義勝)と違うよ。お寺行ったりするつもりもない」
 「竹入とは、まあ20年間一緒にやった仲だし、よく喧嘩もしました」
 「竹入さんの行動、はっきり言って、女の始末まで私してたわけですよ」
 さらにこのとき、矢野は3人に次のような言葉も発していた。
 「この10年間は、皆さんと疎遠になって、僕も寂しかったし、皆さんにもご迷惑かけてと、お詫びもしたいと」
 あくまで、議員引退後の10数年間、同僚議員と没交渉になり、政治評論家として好き勝手に生きてきた自身の行動を懺悔し、謝罪する姿勢を鮮明にしていた。だがその後、矢野の態度は“一変”する。日蓮正宗関係者らに説得され、反逆の意志を明確にしていったからだ。矢野は最近の著作で、次のように「宣言」している。
 「売られたケンカはきっちりと買わせていただくつもりです」
 「これは、僕の老後の生きがいみたいなことになってしまっていましてね」
 「いろいろ手伝ってくれる人がいるものですから、やっているわけです」
 陰では竹入義勝の過去の言動を引いて批判。相対的に自分の立場を持ち上げようとしていたが、いまでは裁判の結果に勢いづいたのが、強気の姿勢を崩していない。だがまだ一連の裁判はけっして終わったわけではない。重要な争点部分での争いは依然として継続中であり、予断を許さない状況が続いているからだ。

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カテゴリー:コラム, 矢野絢也
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