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堕ちた元委員長  84  支援団体を“飯のタネ”にしたプロパガンダ

2010年11月21日

 わざわざ宣伝する必要もないだろうが、このほど矢野絢也と宗教学者が共著で出した書籍の「あとがき」部分に、矢野がこんなことを書いていた。「私は学会や党において拙いながら真摯に信仰活動をし、多少の政治への貢献もし、僭越ながら学会への恩返しもしたという自負を持っている」「信仰するのも自由だが、やめるのも自由という寛容さが必要なのだ」――。
 こうした文章に、矢野絢也の信仰人としての宗教観が如実に表れていると思うが、矢野が「真摯に信仰活動をした」と思っている人は、関係者の中にはほとんどいないだろう。もちろん、当初はそのような時期もあったはずだが、カネに目を奪われてからの同人に、そのような評価はおよそふさわしくない。そこにあるのはあくまで自分本位の≪思い込み≫であり、客観的な評価とはおよそかけ離れている。逆にそんな人物だからこそ、「恩返しもした」などと平気で口にすることができるとも言えよう。
 この本では矢野の生い立ちをはじめ、昔話が多く登場する。学生時代に共産党活動に没頭し、火炎瓶を投げたなどの目新しい話も出てくるが、自分が政治家として、支持者を土地売買の詐欺商法で騙した話や、明電工事件の不祥事をおこした事実などは、もちろん1行たりとも出てこない。自分の都合の悪い部分はすべて捨象し、支援団体を“飯のタネ”にしているだけの本である。逆にそうすることで、自らの過去の「罪」を免責した形にすることができ、得する面もあるのだろう。
 政治家にこの種の「プロパガンダ」はつきものだが、こうした行動の根底には、人間としての良心の呵責というものは微塵も感じられない。本当に真摯に信仰活動をした人間ならば、「真摯に信仰活動をし」などとは言わないだろうし、「恩返しもした」などと敢えて口にすることもないだろう。
 裏返せば、実際はそうでないからこそ、そのように主張せざるをえないのだともいえる。
 実態に即していえば、少なくとも赤じゅうたんを踏んだあとの途中からは、真摯な信仰活動ではなくなっていたし、支持者らが感じるレベルでの「恩返し」も何らしていない。支持者との約束を破り、地元選挙区(大阪)を“捨てた”ような人間が、よくそういうことを言えるなと、むしろ感心するほどの厚顔無恥ぶりが際立っている。

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カテゴリー:コラム, 矢野絢也
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