ホーム > コラム, 外国人参政権 > 三流学者「百地章」のデマゴーグ

三流学者「百地章」のデマゴーグ

2010年11月9日

 首都圏で昨日発売された「週刊ポスト」(11月19日号)に次のような見出しの1ページの記事が掲載されていた。「外国人参政権を認めれば尖閣も対馬も奪われてしまう」――。執筆者は日本大学法学部の百地章教授。いわずとしれた、日本有数の保守団体・日本会議のブレーンであり、同団体の代弁者として知られる。日本会議は、神社本庁や保守系新興宗教教団を思想的バックボーンとしており、近年は、外国人参政権や夫婦別姓問題において自民党議員らを巻き込み、活発に反対運動を展開してきた。核心部分を引用してみよう。
 「もし外国人に地方参政権が付与された場合、住所地の選挙で投票することになる。仮に中国人が大挙して石垣島に住所を移したらどうなるか。石垣市長選挙、石垣議会選挙など簡単に彼らの意のままになり、『尖閣列島は中国領土である』と石垣市議会で議決されかねない。韓国人が対馬に住民票を移し、対馬まで乗っ取ろうとする可能性だってある」
 率直にいって、同人の懸念は杞憂である。これまでこの制度が導入されて、そのような事態が起きたという事例は世界に一件もない。要するに、反対のための反対論であって、そこに冷静な論理的思考はない。いたずらに悪感情を煽っているだけであり、日本では、この程度の「主張」が大手をふって歩いているのが現状だ。
 すでに人口減少が始まっている日本では、今後、労働力人口は減る一方だ。大きく受け入れるか小さく受け入れるかの違いはあっても、若い外国人を“助っ人”として受け入れないとやっていけないことは明らかである。そのとき、閉鎖的な法制度とメンタリティをもつ日本社会において、外国人を受け入れやすい基盤を整えていなければ、もはや「三流国家」として生きていくしかないことも当然の帰結である。
 要するに同人は先のことを見通せない学者であり、問題の所在をおよそ掴めていないと言わざるをえない。
 繰り返すが、永住外国人に地方参政権を認めたところで、“国家としての危機”など何も生じない。すでに2度も同じ制度のもとで選挙を行った韓国ですら、何の問題も起きていない。永住外国人地方参政権は、民主主義の一環としての原理であり、日本に永住する意思をもつ外国人と日本人とが、同じ人間として生きていくための制度的担保にすぎない。問題はその先にある、こうした制度を使ってよりよき社会をつくっていこうとする意思の共有と、そうした社会的風土を醸成していくことの成否のほうであろう。
 日本政府の外国人政策は、韓国と比べてもすでに大きく遅れてしまっている。外国人政策に関して、問題解決を「先送り」することで対処しようとしてきた中途半端な体質が、同じく「財政破綻国家」をつくってしまった事実を忘れてはならない。対処すべき問題を先送りすることで、取り返しのつかない事態を招いてきたという意味では、この二つの問題は、根底では同一のテーマに見える。

広告
カテゴリー:コラム, 外国人参政権
%d人のブロガーが「いいね」をつけました。