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堕ちた元委員長  80  財政破綻国家に導いた「野党幹事長」の責任

2010年11月8日

 昨日夜に放映されたNHKスペシャル「借金862兆円はこうして膨らんだ」を見た。1時間におよぶ番組は、大蔵官僚がいかに誤った道をたどったか、政治家の責任を含めて検証していた。1965(昭和40)年に初めて発行された建設国債は当初、大蔵省内でも「麻薬」と位置づけられたものの、「麻薬」に手を染めて以降は年々発行額が増加。70年代後半から急増し、現在に至っている。その間、バブル景気のころは赤字国債の発行はゼロに近づいたものの、90年代半ば、再び、「麻薬」に手を染めた。60年代は公共事業、社会福祉の増加が要因だったが、90年代以降はアメリカの圧力、さらに政治(各政党)の要求によるものと分析していた。
 矢野絢也は67年に衆院初当選以来、20年近く、公明党のナンバー2である書記長職として仕事をした。同人の著書によると、予算委員会などで「公明党がキャスティングボートを握る場面も多かったから、我々がどう動くかで予算成立の日程も変動する」といった具合で、「大蔵省の幹部級、国税庁のトップクラスにも旧知の人物がたくさんいた」と、大蔵省幹部との“人脈の多さ”を自慢している。
 その矢野は、建設国債や赤字国債が急増を始めた時代、キャスティングボートを握る野党のキー・マンとして、現在にいたる≪財政破たん ≫の先行きに警鐘を鳴らすべき立場にいた人物である。仮に矢野が、立党当初の“清潔な志”を堅持していたならば、そうすることも可能だったと思われる。
 ところが同人は自民党政治の悪弊にすでにどっぷりと浸かり、政府の機密費や裏金を自分の懐に入れるなどして私腹を肥やす行動に余念がなかった。国家という直接自分の利害とかかわることのない借金が例えいくら増えようとも、切実な危機感など持たなかったに違いない。
 政治を結果責任を伴う行動と規定すれば、矢野絢也は日本が≪財政破たん≫に陥った結果責任の一端を負うべき立場にいる。だがそんな責任を露とも感じていないからこそ、いまになって「勲章」を受けて悦に浸っているわけだ。本当に国のことを思い、国民の行く末を考える元政治家であったならば、なおさらそんな行動には出られなかったはずである。自分ひとりさえよければいい。矢野はそんな政治家の典型ともいえる。

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