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堕ちた元委員長  78  叙勲の価値を下げる矢野絢也の過去の言動

2010年11月3日

 今日付の一般紙はいずれも「秋の叙勲受章者」の名簿を掲載した。昔の勲一等にあたる「旭日大綬章」には、氏家斉一郎(日本テレビ会長)、深谷隆司(元通産相)などの名前とともに、矢野絢也の名前もある。多くの新聞では肩書きは「元公明党委員長」と書かれており(読売は「元衆院議員」)、日経では「京大卒、衆院科学技術振興対策特別委員長、公明党書記長などを歴任」のプロフィールも付記された。読売には、「国会議員として議案審議の重責を果たした」との、受章の理由めいたものが書かれている。
 朝日新聞は政治面記事のなかで、「内閣府賞勲局は『国会議員歴や国会の委員長経験など総合的に評価する。矢野さんの場合は公党の委員長もしている』と説明している」と記述。さらにこれまでは訴訟係争中の場合は受章できないケースが多かったが、矢野の場合は「首相官邸が指示した」とも書かれ、“特別扱い”だったことが説明されている。現民主党政権との“親密な関係”なくしてはありえなかった受章ということだ。
 公党の委員長を経験すればだれもが勲一等というのもおかしな理屈だが、矢野絢也の場合、明電工事件という金銭スキャンダルで世の注目を浴び、ウソにウソの供述を重ねて、政界から去っていった前歴がある。しかもそれは、党委員長時代の話だ。国家権力の建前論からは、そうした実態は捨象されるということらしい。
 公明党議員は、他党議員と異なり、自分の努力だけで当選できる者はいない。支援者の善意による無償支援の賜物であり、そうした支持者の応援なくして、議会活動を続けることはできない。同党議員は、支持者の期待に応えるため、国民・住民のために命懸けで仕事をするべき存在といえるが、矢野はそうした「立党理念」からかけ離れた政治生活を送ってきた。公務より、自分の資産形成を優先させてきたような人物である。
 公明党議員は、尊き理念に支えられた自身の政治行動を、国家によって“査定”される必要など毛頭ないし、政治家としての価値がそのような紙きれ一枚で変化するものでもない。何より矢野自身、現職議員の時代に、その旨を同党所属議員に対し、教育徹底するべき立場にあった人間である。
 公明党出身議員は「叙勲」を受けるべきではない。そのことだけははっきりしている。

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