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デマ本『東村山の闇』(第三書館)を読む

2010年10月25日

 “「女性市議転落死事件」8年目の真実”との副題がつけられた書物がある。2003年に出版された『東村山の闇』という本だが、著者の一人である矢野穂積(東村山市議)の書いた「はじめに」には、奇妙な特徴がある。文章を生業にする者が読めば一目瞭然なのだが、感情だけあって事実の示されていない文章とは、まさにこういうものを指す。
 矢野は、同僚市議の朝木明代の死をあくまで「暗殺」と言い続けたいわば“発信源”である。そのため、この文章でもすでに3行目から、「朝木明代は、暴力によって殺害された」。さらに同じ行にも「殺害された」。1行おいて「暗殺事件」。さらに「朝木明代議員を殺したのは誰か?」といった具合に、わずか7ページほどの文章にもかかわらず、20か所以上にもわたってこうした語句が列挙される。
 かといって、「殺された」と主張する≪肝心の根拠≫については、司法解剖鑑定書の記述をあげるにとどまっている。いまではすでに複数の裁判の判決で、この鑑定書が、朝木明代が他殺された証明とはならないと認定されているような代物である。つまり、証拠能力のないものを持ち出して、「他殺だ他殺だ」とわめいているだけの姿なのである。これが市議会議員なのだ。デマ・プロパガンダとは、常にこういう姿勢を示すのだろう。
 結局、冒頭の副題にある「8年目の真実」と書かれた「真実」なるものは、この書物には本質的な部分において、何も書かれていない。
 繰り返しになるが、矢野穂積の上記の文章は、感情だけあって、事実のない文章の典型である。ウソも100回繰り返せば本当らしく聞こえる。そうした法則を利用しようとした「見本」ともいうべき文章といってよい。
 だがそんな臭いものにも、これまでそれにふさわしい者たちが共鳴して集まってきたし、いまも群がり続けている。それらはある意味、“肥だめ”にたかる“糞蝿”と似たようなものだ。
 書籍『東村山の闇』は、いまも強力な≪腐臭≫を放ち続ける、“肥だめ”の中核といえよう。

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カテゴリー:コラム, 矢野穂積
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