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堕ちた元委員長  73  矢野が住む家は本来「国民のもの」

2010年10月21日

 元政治家・矢野絢也が現在住む新宿区市谷甲良町の豪邸(自宅)は、98年5月15日に建設された。そのための土地購入は、前年の97年4月になされている。96年には3月から6月にかけて、矢野所有の奈良県生駒市の土地が売却され、同人は「巨利」を得ていた。この金が自宅用の資金となった可能性が高い。
 この奈良県の土地を矢野が「大林組」から取得したのは、国会議員になって7年目の74(昭和49)年のことだった。もとはただ同然の山林にすぎなかった。この土地を矢野は「大林組」から「2000万円足らず」で購入したと昨年、東京地裁の法廷で自ら述べていることは再三指摘してきたとおりである。
 その主張が正しければ、その「2000万円」は、矢野が公明党書記長という政治的立場を利用して得た金にほかならないことも強調してきた。
 一方で、矢野が「大林組」から無料で便宜供与を受けたとしても(そう指摘する声もある)、それは公明党幹部という政治的立場があったからであり、そうでなくてはそのような便宜がはかられた余地はない。
 いずれにしても、生駒市の844平方メートルもの山林を矢野が取得できたのは、ひとえに「国会議員」であり、「野党(第3党)の最高幹部」という立場があったための結果にほかならなかった。さらにその「原資」も、国民の税金である「官房機密費」などの裏金の可能性が強いことを指摘してきた。
 言うなれば、矢野が現在住むエレベーターつき3階建ての「豪邸」は、同人が政治家でない限り、とうてい得ることができなかったものである。周知のとおり、公明党議員は自分一人の力だけで当選できる者は一人も存在しない。多くが支持者の無償の支援によって生まれた存在であり、その意味では他党議員に比べ、特殊な存在ともいえる。だからこそ、公明党議員は政策に専念するためのより多い時間が捻出でき、国民のために働くことを期待される。そこには当選させてもらったことへの「恩返し」という作用も強く働くはずだ。
 いま矢野が住む「豪邸」は、もとを正せば「国民の血税」が原資の多くを占めていると見られる。それを“自分の物”と勘違いし居直る姿は、「清潔」な立党理念を掲げた政党の出身者としては、やはりどこか狂っている。

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