ホーム > コラム, 乙骨 > “デマ男”を応援する奇特な雑誌「FORUM21」にお答えしよう

“デマ男”を応援する奇特な雑誌「FORUM21」にお答えしよう

2010年10月12日

 名誉棄損事件で6回も敗訴確定するなど、「ガセネタ屋」と蔑称されているジャーナリスト乙骨某の主宰する月刊小冊子「FORUM21」が、10月2日に東村山市で開かれた追悼集会について記事にしている。「トピックス 朝木明代東村山市議の追悼集会行われる」というもので、執筆者名は「本誌編集部」。この追悼集会には、乙骨某のほか、常連執筆陣の段勲なども参加し、応援の挨拶まで行っていたから、この小冊子がいまだに「デマ男」矢野穂積らの主導する政治勢力「草の根」を持ち上げている構図は明らかである。そのことを当コラム(10月5日付)で指摘されて悔しかったのかどうかは知らないが、次のようなことを書いていた。
 「創価学会やその関係者は、朝木市議の転落死を『自殺』と強調。同事件を『デマ事件』なとと呼び、同事件を追及する遺族・関係者や本誌の発行人である乙骨などを誹謗するが」転落死や関連の事件を担当した検事が、創価学会関係者だった「事実などには一切触れない」。
 さらによほど気になったのか、「編集後記」でも同じ内容にふれ、「本当に『事件性』はなかったのでしょうか。真相究明は急務の課題です」などと書き連ねている。彼らにとってはもはや、“最後の拠り所”は担当検事の思想信条以外にないようである。ならば少しそのことにもふれてみよう。
 この事件の担当検事に、創価学会員がいることが明らかになったのは、転落死事件が起きて、しばらくたった時期だったと記憶する。つまり、事件当時、そのことは知られていなかったが、その後そのことが明らかになり、矢野穂積や乙骨某などは、その事実をもって、捜査がきちんと行われなかった、真相究明が邪魔された旨を主張してきた。
 一方でこの者たちは「教団謀殺説」を早くから唱えてきたあるいは示唆してきた張本人である。彼らの主張によれば、朝木明代市議は教団批判の急先鋒であり、暗殺される理由があったということになる。だが、この問題をちょっとでも取材してみれば、彼らの主張がいかに矛盾に満ちたものであるか、まともな取材者であればすぐに気付くことになるだろう。
 彼らはいまも暗殺を示唆し続けているが、その転落現場となったのは、まだ人どおりのある駅前のビルの一角であり、いつ住民に発見されるかわからないという、犯行の発覚をおそれる者からすれば「極めて危険な場所」にすぎなかった。本当にそうした行動に出るのなら、もっと人目のつかないところに運んだことは素人が考えても明らかだろう。オウム真理教事件で殺された弁護士一家のケースを考えればなお一層明らかだ。
 しかも彼らの主張によれば、明代は特殊な薬品をかがされるなどして、昏睡状態に陥らされ、ビルの5階から横倒しにごろんと落とされたなどと主張してきた。事実的根拠のまったくない「推論」「邪論」にすぎない。
 実際は、頭部や顔面には損傷がなく、足から落ちたことが明らかであり、しかもだれも争った声を耳にしていない。マンションのドアの向こうには、当時まだ仕事をしている人がいたのである。結局、突き落とされた形跡は皆無。現場に残された「事実」からは、≪ためらい自殺≫であることは明白だった。
 こうした事件の真相を物語る「事実的根拠」と、検事の思想信条とは、なんら関係するものではない。
 ではその自殺の動機が何だったか、そこに明代が自分でなした「万引き事件」があったことは明らかだ。この万引き事件を担当した検事が学会員とされているが、この事件は、郵便不正事件における検事の証拠偽造といったケースとは根本的に異なり、「万引き事件」そのものは、動かない事実として存在していた。
 万引き行為に手を染めた朝木明代らは、これらの事実を認めて謝罪するどころか、事件を隠蔽する目的で、洋品店に「教団関係者」との≪虚偽のレッテル≫をはりつけ、さらにお礼参り的行動を重ねたほか、警察でもウソの供述を繰り返した。その結果、極めて「悪質な事案」として、書類送検されたということにすぎない。
 しかも明代が転落死した段階、つまり検察に出頭する4日前の時点では、本人が万引きを認めなければ起訴する方針がすでに決まっていたとされる。担当検察官がほんとうに教団寄りの人間なら、そうした想定される先行き情報を教団側に知らせれば、教団側はあとは黙って見ているだけでよかった。つまり、暗殺する合理的理由などまったく存在しなかった。仮に出頭して朝木明代が罪を認めれば、起訴はされないものの社会的評価を失うし、否認すれば起訴され、やはり前科者となる。同じように社会的評価を失うことは明らかだったからだ。どちらにせよ、朝木明代や矢野穂積の社会的生命はすでにこの時点で終わっていた。教団側が危険を冒して朝木明代に手を出す必要など、前提条件として、まったく存在しなかったことになる。
 彼らの論理に従えば、朝木明代が死亡したことで、実際に損をしたのはむしろ教団側だった。明代の死亡のおかげで、万引き事件の刑事処理は途中で遮断される形となり、明代はあべこべに「正義の英雄」に祭り上げられ、矢野穂積も社会的生命を失わずに済んだ。彼らは明代が死亡したことで、結果的に「得」をしたわけである。一方、逆に教団側は損をしただけだった。
 このように、彼らの主張は「根本的矛盾」を抱えている。“最後の拠り所”も、すでに「破綻」済みなのだ。

広告
カテゴリー:コラム, 乙骨
%d人のブロガーが「いいね」をつけました。