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いまだ「草の根」を擁護する「脱会者ライター」の哀れ

2010年10月5日

 凪論(10月3日付)というブログに、15年前に不幸な転落死を遂げた朝木明代東村山市議(当時)の追悼集会の様子が報告されたなかで、当日あいさつした人物の名前や様子が描かれている。そのなかで、わざわざこの集まりに参加し、話をした2人のジャーナリストの内容が出てくる。名前を「段勲」さらに「乙骨某」といい、いずれも教団脱会者として知られる。
 段はそうした「出自」が恥ずかしかったのか、過去の月刊誌の対談などで“出自隠し”のための工作を盛んに行ったことで知られる人物であり、一方の乙骨某は、創価大学卒であることを“唯一の売り物”として、反教団活動をつづけてきた。ふたりに共通するのは、「脱会者」という立場を利用して、腹にいちもつをもつ身でありながら、ジャーナリストという社会正義のために動いているかのように装い、活動を続けてきた点にある。
 だが、今回のように、あの「デマ事件」から15年もたってすでに大方の「真相」が明らかになっている段階で、わざわざ好意的に集会に参加したという事実は、後世の人々から見れば、わかりやすい事象として映るだろう。要するにこの2人は、アンチ教団の立場という「色眼鏡」でしかものを見れない性向をもつため、転落死事件の本質が何も見えていないということである。
 「草の根」を“主導”してきた矢野穂積という人物の「異常」といっていいほどの「人格特性」――さらにそうした人格特性から派生する朝木直子・朝木明代との親密な関係。そうした渦中で起きた朝木明代の万引き事件と隠ぺい工作。その流れの中で惹起した明代の転落死事件。さらに「仮想敵」をつくりあげ、責任転嫁に躍起となった一連の行動。そうした意図的行動(世論操作)に、まんまと乗せられた能力低きジャーナリストたち。
 要するに、矢野穂積は、事実的根拠もなく、特定教団などに難癖をつけて生きてきただけの人物であり、その行動様式は、根拠なく言いがかりをつけて自己利益を図ろうとする「どこかの国」とまるで瓜二つである。
 繰り返すが、東村山市議転落死事件の「真相」は、矢野穂積という人物の「特異人格」に立ち入らない限り、何も見えてこない。所詮、「人間」を観ることのできないジャーナリストに、「事件」を見ることなど無理なのだ。

 【凪論】 http://blog.livedoor.jp/patriotism_japan/archives/51698728.html

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