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堕ちた元委員長  65  歳費40万円の時代に「2億円相当」をキャッシュで運用

2010年10月1日

 1967(昭和42)年1月に衆院議員に初当選した矢野絢也が、東大阪市(御厨)に自宅を購入したのは同年11月のことである。さらに同人が三重県に別荘を所有したのは、72(昭和47)年7月。つづけて73年8月には、東大阪市(本町)に鉄筋コンクリート3階建ての「豪邸」を購入。さらに74年1月、奈良県生駒市の山林を大林組から購入している。いずれも、借り入れなどを行っておらず、キャッシュで支払われている点が特徴だ。
 三重県の別荘以降の3件の不動産売買の購入金額について、矢野は昨年行われた東京地裁の尋問においてそれぞれ、「700万円ぐらい」「3000万円ちょっとくらい」「確か2000万円足らず」などと証言した。合計して6000万円近い金を、キャッシュで支払ったと言明したわけである。そこで、昭和40年代の議員歳費(月額)の変遷について、『議会制度百年史』という資料から引用して一覧表にすると、以下のようになる。多少の幅があるのは、月によってベースアップが図られているためである。

  昭和41年  24万~25万円
  昭和42年  25万~27万円
  昭和43年  27万~28万7460円
  昭和44年  28万7460円~32万7380円
  昭和45年  32万7380円~40万円
  昭和46年  40万~42万円
  昭和47年  42万~45万円
  昭和48年  45万~52万円
  昭和49年  52万~65万円
 
 要するに、矢野絢也が初当選して、奈良の土地を購入するまでの歳費の幅は、25万~52万円の時代に当たる。現在の国会議員の歳費は、法律で月額130万1000円と定められているから、現在との格差は、2・5~5・2倍ということになる。つまり、矢野が自己申告した「5700万円」相当の金額を、現在の貨幣価値に換算すれば、1億4250万~2億9640万円に該当することになる。現在の感覚でいえば、2~3億の大金を、矢野は国会議員になってまもない時期に、土地購入のためにキャッシュで運用していたことになる。
 その肝心のカネの出所について、同人は「御厨の物件を売った」などと、愚にもつかないウソを繰り返してきた。あるいは「先祖の土地が値上がりしたのでそれを売った」「株式を売却した」などとも釈明してきた。ところが昨年の法廷の尋問で、矢野は先祖の土地の売却時期について、「衆院議員になる以前」と明言している。
 つまり、国会議員の歳費がまだ月額10万円台だった時代に、6000万円近い巨費の原資をつくったと、同人は主張しているわけである。ウソはどこまでいってもウソであることは明らかであろう。
 ここにも、矢野絢也の“言い逃れ”ようとする姿勢だけが鮮明に残されている。

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