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堕ちた元委員長  60  「別荘」を購入した矢野絢也

2010年9月19日

 矢野絢也が三重県賢島に300坪以上の別荘を所有したのは1972(昭和47)年7月、自民党の田中角栄が首相就任してわずか20日後のことである。同人は昨年、法廷において、歩いて3分ほどの距離にあるゴルフ場の会員権とセットで「700万円くらいで購入した」と証言しているが、事実かどうかはわからない。
 それでも日中国交回復がなされたこの年、公明党のナンバー2だった人物が、ゴルフのための別荘をもったという事実は記憶されてよいだろう。他党や後援者との付き合いといえばそれはそれで許容範囲と受け取る人もいるかもしれないが、「清潔」をモットーとしていた公明党幹部の行動としては、いまから見れば、賛否は分かれるのではなかろうか。
 矢野はすでに70(昭和45)年ごろから、不可思議な動きを見せ始めていた。北海道選出の同党議員に対し、「いい不動産屋はないか」と持ちかけていたほか、実際にその年には、従弟の名義で、北海道伊達市の「原野」を購入し、73年に、「原野商法」を行っていた会社に売り払っている。
 さらにそのころから、秘書など周辺の人間を使って、支持者にただ同然の「北海道の原野」を売りつけ、数百万から数千万円の損害を与えた。当時の数百万円が、いまとケタが異なることはいうまでもない。
 すでに当時から、矢野の周辺には「金銭」にまつわる話がはびこっていた。公明党の立党精神なるものは、すでに早い段階で、ボロボロになりかけていたということだろう。それがはっきりした形で露見するのは、さらにずっと後のことになるが、そうした政治家としての“原点の崩壊”が、その後の明電工スキャンダルに行き着き、現在の≪逆立ちした行動≫につながっている。
 こうした教訓からも、個々の政治家への監視は、支持者にとっては重要なことに思える。

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カテゴリー:コラム, 矢野絢也
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