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堕ちた元委員長  57  法廷でも平気でウソ重ねる

2010年8月27日

 元政治家の矢野絢也が昨年3月、東京地裁の法廷で証言したところによると、昭和40年代の3件の不動産購入で必要とされた「6000万円」の原資に関連し、同人は次のように証言している。
 「父親が亡くなったときに残した、大阪市内の土地じゃありませんが、あちらこちらの不動産がございました。それはその後、土地が値上がりしまして、昭和の30年代後半ですかね。適当に処分をしたと、こういうこと。それをまた元手にして株式を買ったりしました」
 要するに、矢野の主張によれば、(1)先祖から譲り受けた二束三文の土地が値上がりしたので売却して利益を得た(2)それらをもとに株式を購入した――の2点に尽きるようである。
 それでも、東大阪市本町に時価5600万円の鉄筋コンクリート3階建て(写真=コラム8月16日付)を購入し、日本共産党機関紙「赤旗」が号外ビラで、「公明党の書記長が豪邸を購入」と書きたてると、矢野や同人の後援会は動揺を隠すことはできなかったようである。そこで矢野が頼ったのが、当時、後援会の幹部だった一人の男性だった。矢野はその男性に次のように懇願したという(財界にっぽん・2006年5月号)。
 「えらい騒ぎや。スマンがおっさんから借りたことにしてくれ」
 こうして、矢野は後援会の会合でも、その男性から「借りたもの」と説明して回り、消火作業に努めたという。
 矢野は冒頭の東京地裁の法廷で、東大阪市本町の「豪邸」の購入資金について、その前に住んでいた同市御厨の自宅を売却した金を当てたと繰り返し語っているが、これが真っ赤なウソであったことは再三指摘しているとおりだ。御厨の土地が売却されるのは、「豪邸」購入から1年も「後」の話だったからである。
 では先祖から譲り受けた土地と矢野が証言した、兵庫県や他県の二束三文の土地が値上がりして売り払ったという“言い訳”についてはどうだろか。土地売買は少なくとも戦後のものであれば、法務局にいまもきちんと記録が管理されている。どの地域のどの土地だったのか、矢野がきちんと指摘することができれば、すぐに事実関係は明らかになる話だ。実は同人の身の潔白を証明するには、それが最も手っ取り早い方法のはずだが、なぜか同人はそうした情報を開示したことは、これまで一度もない。
 実態は上記のように、後援会の有力幹部に借りたことにしたくらいなのだから、自宅購入資金をめぐる矢野による説明のほとんどは、「虚偽」と断定して差し支えなかろう。
 残る選択肢は、身にやましい金銭を得て自分の資産形成に活用したという、≪不都合な真実≫だけである。

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