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堕ちた元委員長  54  金にしがみつき節操なく生きる

2010年8月23日

 矢野絢也が党委員長の重職にあった時期、同僚代議士の大橋敏雄だけでなく、都議会議員の藤原行正からも鋭い批判を受けていた。1988年に発行された「週刊新潮」で、藤原は次のように書いていた。
 「一番の問題は先にもちょっと触れましたが、矢野委員長の自宅の問題かもしれません。場所は新宿で約77坪の土地ですが坪で時価1500万円くらいと思います。買った当時はもっと安かったかもしれませんが、それでも坪300万円はしたでしょう。となると土地だけで、2、3億円。それで彼は大阪にも家を持っている。矢野委員長は父親を早く亡くして母親と暮らしていましたから、ま、そんなに今でも金があるわけがない。国会議員になってからは歳費だけです。どうしてそんな高い家が買えるのか、不思議なのです。大橋さん式に矢野氏の自宅問題を突っついたら大変です。公明党崩壊につながりかねない」
 矢野が藤原の指摘にきちんと反論した形跡は残されていない。この年の夏、矢野は明電工という会社との不透明な関係を指摘されるようになり、「赤旗」「東京スポーツ」「朝日新聞」などの記事で窮地に立たされる。
 矢野は前回取り上げた「週刊文春」だけでなく、「週刊新潮」からも、自宅の資金問題で厳しい追及を受けた。当時、文春は、花田紀凱編集長になってまもないころで、同誌は週刊誌売上トップの道をひた走っていく。
 2008年5月――。矢野絢也は、一族郎党で教団に脱会届を叩きつけ、雑誌などでぞろ「手記」などの発表を始めた。皮肉なことに、そのとき使ったメディアはちょうど20年前、自宅問題で叩かれた相手方だった花田氏が編集長をつとめる「WiLL」であり、さらには「週刊新潮」などだった。
 「週刊新潮」では、2008年10月2日号から「連載コラム 永田町を斬る!」を開始し、10年4月に終了するまで、80回近く延々とつづいた。矢野絢也の“節操のない生き方”は、メディアに対するこのような都合のよい態度にも顕著にあらわれている。
 興味深いことに、矢野の「週刊新潮」の連載コラムが終了した時期は、元官房長官の野中広務氏がTBSテレビのニュース番組に出演し、それが放映された4月19、20日とほぼ時を同じくしていた。野中氏はその番組の中で、評論家に転身した元政治家が小渕恵三首相に電話し、「自宅を新築したから3000万円ほどお祝いをほしい」と要求したという、驚くべき事実を暴露していた。

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カテゴリー:コラム, 矢野絢也
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