ホーム > コラム, 矢野絢也 > 堕ちた元委員長  52  東京・新宿区の豪邸

堕ちた元委員長  52  東京・新宿区の豪邸

2010年8月19日


 元政治家の矢野絢也が地元選挙区の東大阪市に所有していた鉄筋コンクリート3階建ての「豪邸」のほかに、東京にも敷地を購入したのは、党書記長時代の1983(昭和58)年7月のことである。新宿区の閑静な住宅街(二十騎町)に188平方メートルの土地を取得し、1年後、木造スレート葺き2階建ての家を新築した。これも借り入れなしに土地購入と自宅建設をおこなっている。完成する半年ほど前には、三重県賢島の別荘を売り払っているので、そのときの売却益が資金になっている可能性もある。
 一方、これ以外にも近隣の市谷甲良町に364平方メートルの土地を購入するのは、議員引退後の97年4月のことだ。ここにも1年後には木造スレート葺き3階建ての「豪邸」(※写真=1階133、2階128、3階124各平方メートル)が新築されるが、96年に奈良・生駒の土地をすべて売り払っており、購入資金の一部にしたことがうかがえる。このときは新築の建物・土地を担保に「1億5000万円」の借入れがなされている。ただし1年余り後の99年2月に抵当権は抹消されている。その数日前には東大阪の土地・建物が売却されているので、つまるのところ現在の住居は、東大阪の自宅と奈良・生駒の土地が“化けたもの”と考えてよいようだ。
 ふりかえると、98年ごろは、矢野は(1)東大阪市本町(2)新宿区二十騎町(3)新宿区市谷甲良町と、3軒もの「豪邸」を同時に所有していた。公明党の歴代の国会議員のなかで、選挙区以外に、東京にも自宅を構えたのは、矢野絢也ひとりと言われている。「清潔」をモットーとする公明議員のなかで、これほど≪畜財≫に励んだ人物はほかに見当たらない。
 そのため、矢野は現役当時から、同僚議員や後輩議員からも厳しい批判を受けることもあったようだ。「清潔」「クリーン」を売り物に政界に飛び出した公明議員のイメージを損なうばかりの政治行動に、周りからクレームが噴出したのだろう。
 ここではっきり言えることは、新宿区の2軒の豪邸新築の原資になったのは、(1)三重県賢島の別荘さらに(2)奈良県生駒市の土地と(3)東大阪市の自宅――の売却代金が元になったと見られることだ。これらはすでに指摘のとおり、いずれも72~74年の短い期間に購入されたものばかりであり、「6000万円」の原資の問題に行き着く。その「6000万円」の内訳は、40年近くたったいまも証拠となるものは何も示されいない。
 そのため、矢野夫婦がいま住む居宅のもとをたどれば、実際は「官房機密費」という名の、「国民の血税」で造られた建築物ではないかと見る向きもある。

広告
カテゴリー:コラム, 矢野絢也
%d人のブロガーが「いいね」をつけました。