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パラノイアとサイコパス

2010年8月15日

 先月30日に弁論準備手続きが開かれた小生が当事者(被告)となっている裁判で、裁判所による和解仲介が行われたことはすでに報告した通りだ。当方にとって意外だったことは、原告の矢野穂積側が、和解を成立させるためには、訴状で問題個所と指摘している「重要容疑者」の5文字のほかに、コラム日記の中のほかの幾つかの語句についても削除せよと主張しているらしいことだった。それによると、原告・矢野側は「サイコパス」や「パラノイア」という表現が気に入らないのだという。
 「パラノイア」、つまり偏執病を意味する言葉だが、すでに司法で確定済みであることを当方側は裁判所に説明することになった。矢野穂積は、地元・東村山の市民らが配ったビラの中でかつてそのように指摘され、97年12月、自ら800万円の損害賠償と謝罪広告などを求めて東京地裁八王子支部に訴えた経緯がある。矢野自身、4期日にわたって本人尋問を行うなどしたこの裁判は、訴えから6年もかかって一審判決が出た。04年3月17日の地裁判決では、矢野らの請求はいずれも棄却され、「パラノイア」については、「当該論評の前提たる事実もまた相応の根拠がある」と判決文で指摘された。要するに、パラノイアと言われても仕方のない前提事実が存在するため、裁判所は違法性はないと判断したわけだ。
 日本に何万人といるはずの公職者の中で、司法から「パラノイア」と認容された人物は、おそらく矢野穂積が“唯一”であろう。一審で敗訴した矢野らは東京高裁に控訴したものの翌年9月、控訴を取り下げ、一審判決が確定している。
  一方で、「サイコパス」は、「パラノイア」とは全く異なる概念だ。一般には(1)良心の呵責を持たない特異人格(2)他人を操作して生きる傾向(3)男女関係にも顕著な特徴があらわれるなどの主要な共通点をもつ。
 今後、矢野が「サイコパス」の語が名誉棄損にあたると訴えてくるとしたら、当方は大まかに上記の3点について、矢野穂積という人物の行動がこれらの項目にいかに合致するかを具体的に立証すればよい。その上で、当方の主張する前提事実が「真実」として認められれば、裁判所は再び「サイコパス」の語句についても、「当該論評の前提たる事実もまた相応の根拠がある」と司法認定する関係にあることは言うまでもない。

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