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暑い夏

2010年7月28日

 1995年、時の政権を担っていたのは、社民党党首を首班とする社民、自民、さきがけの連立政権だった。同年7月、小沢一郎が率いる「新進党」は最初の国政選挙である参議院選挙を戦った。新進党は、日本新党、新生党、公明党、民社党などが連合した政党で、2大政党の一局を目指すための実験的な側面があった。
 現在の菅直人内閣は、そのさきがけ人脈が中核を占め、社民党から民主党に移った人々が支えている。一方の自民党はといえば、いまでは最大野党として政権から外れた。その後、社民党に残ったのは、96年結成の民主党に移行しなかった人たちである。
 その社民党で昨日、辻元清美議員が離党の記者会見を行った。選挙区事情が大きく影響していると伝えられるが、社民党がここまで存続できるとは当時、同党にいた私には予想できなかった。社民党はその後、党職員をリストラするなど、「労働者の党」としては“禁じ手”に手を染めていく。党の先行きが不透明になった現状には、そうした行動のツケも混じっているはずだ。
 「疲れた」が口癖となっていた村山富市首相は、翌年はじめに政権を放り出す。その前年の95年、夏から秋にかけて浮上したのが、宗教法人法改正問題だった。実態は、最大野党であった「新進党」の有力支援団体の一つであった教団を、当時の与党勢力が政治的に“威嚇”しようとする試みにほかならなかった。
 その過程で起きた東村山女性市議の転落死事件(9月1・2日)は、そのための世論操作のための格好の材料として、週刊誌をはじめとするマスメディアによっていいように扱われた。背景にはこの事件を別の側面から利用しようとする関係者の思惑も存在した。
 15年の月日は、長いようで、短い。けっして風化させてはならない歴史だ。

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