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“敗戦処理”を迫られる国家

2010年6月4日

 膨大な財政赤字を抱えた日本経済が「破たん」を迎えるのは、もはや時間の問題といわれている。今日付の日経によると、働く若者(15~24歳)はこの10年で200万人も減少し、515万人になった。15年ほど前は、800万人を超えていたのだ。
 「後継ぎ」がいなくなった分、あとは高齢者、女性、外国人に頼るしか道はなくなる。それでいてそれらの社会構造の変化に対応した備えは、日本は十分にできているとはいえない。迫りくる環境変化になんら有効な対応をなしえず、その場しのぎの無為無策できたツケが、年金・医療・介護などの社会保障問題にはね返り、外国人への排外主義といった教育無策が引きよせている現状であろう。
 本日、新しい首相が確定するというが、たとえだれが政権の手綱を握ろうと、それは「敗戦処理投手」の役割にすぎない。要は、きちんと「後処理」の道筋をつけられるかどうかという政権の「担当能力」の問題だ。
 日本を敗戦に導いた直接責任は、その前の「先発投手」、あるいは本当の意味での改革を先延ばししてきた「中継ぎ」にあることはいうまでもない。「先発投手」とは、長らく続いた自民党政権であり、「中継ぎ」とはその後につづいた幾つかの連立政権ということになろう。その意味では、既存政党あるはそれに関連する個人は、等しくその責任を追っているといえる。官房機密費の札束で頬を叩かれ、国民に必要な警鐘を鳴らしてこなかったマスコミも、同様の罪を負っている。
 会社に例えれば、“倒産確実”とみなされている不良企業を、きちんと立ち直らせる筋道をつくれるかどうかという経営手腕を試されている側面が大きい。その意味で、菅直人新総理は民主党議員としての経験・力量からして、その大きな試金石だ。
 野党は足を引っ張るだけでなく、国家の危機に、必要なことには協力する姿勢で前向きに臨むべきだろう。

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カテゴリー:コラム
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