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豪邸新築後、矢野絢也は金が必要だった?

2010年5月4日

 野中広務氏が小渕首相のもとで官房長官をつとめた98年7月から99年10月までの1年余りの間に、矢野絢也が東大阪市に所有していた「豪邸」を売却した事実は、この時期の矢野の経済状況を類推する上で重要な事実と思われる。このころの矢野周辺の不動産売買の状況を時系列で示すと以下のようになる。

 97年 4月 3日 新宿区市谷甲良町に364平方メートルの土地を購入
 98年 5月15日 同地に3階建ての豪邸を新築
 同 年 8月18日 息子の清城が三重県賢島の別荘を売却
 99年 1月29日 東大阪の豪邸を売却

 要するに、新宿区の自宅の土地を取得し1年後に「豪邸」が新築されてから、さらに半年後には、大阪の「豪邸」を売り払っているだけでなく、一人息子の清城も同時期に、三重県の別荘を売却している。この三重県賢島の不動産は、ゴルフ場に隣接する建物で、クラブハウスから歩いて2~3分の至近距離にある。
 当初は矢野絢也本人が所有していたが、その後、矢野の元秘書(明電工疑惑で釈明会見に同席した人物)が運営する財団法人などに“転売”され、矢野の政界引退後の94年6月になって、今度は息子が“買い戻した”いわくつきの物件だ。上記の経緯からは、新宿区の豪邸新築に伴い、手持ち資金が不足していた状況がうかがえよう。

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カテゴリー:コラム, 矢野絢也
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