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堕ちた元委員長  31  政治活動で「10億円」ため込んだ野党の党首

2010年3月10日

 いま私の手元に元公明党委員長、矢野絢也の資産を報じた有名な新聞記事がある。1993(平成5)年6月14日付の朝日新聞だが、「3軒長屋から出発 30年で資産10億円」との見出しのあと以下のようにある。
 「報告書によると、矢野は現在、生駒山を望む地元・大阪府東大阪市の高級住宅地に鉄筋コンクリート3階建ての邸宅をもっている。敷地面積は約560平方メートル。しかし、ここに住むのは親類と母親で、家族とともに暮らす自宅は東京・新宿にあり250平方メートルの土地に屋敷を構える。さらに奈良県生駒市の新興住宅地に800平方メートル余のさら地を所有。不動産業者によると、これらの不動産だけで時価は約9億5000万円。バブル時代なら20億円近かったという」
 この報告書の感想を聞かれ、矢野は平然とこう答えている。
 「井戸塀政治が理想だが、私の場合、結果的に資産を増やすことになった」
 「公明党はボランティアが選挙を応援してくれるので、他党のように選挙にカネがかからず、幸せだった」
 一方、野党の元委員長という立場にあった土井たか子(元日本社会党委員長)の資産も同時に掲載されている。土井氏の場合は、預貯金と金銭信託の1300万円で、これ以外に資産はなかった。
 「自己所有の土地や建物はなく、地元の自宅は共同住宅の一戸を賃貸している」
 「手取り収入は年間2000万円余り。秘書の人件費500万円、自宅や家賃などを差し引くと、本人が自由に使えるのは300万円前後という。選挙の費用は支持者らの協力でまかなっている」
 土井氏はこの記事で、「議員をしていれば資産が残らないのが普通です」とコメント。秘書は「老後の蓄えをどうするの、と心配してくれる人がいるが、そんなことを考えていては議員は務まらない」とも語っていた。
 同じ野党の委員長経験者であり、議員活動の長さもさして変わらない。初当選の時期も矢野が67(昭和42)年であるのに対し、土井氏は69(昭和44)年で、一期しか違わない。矢野の地元は旧大阪4区、土井氏は旧兵庫2区と、同じ関西地域を地盤にしていた。
 両人の大きな違いの一つは、「10億円」と「1300万円」という、政治活動で残した資産の額に象徴される。資産形成の極端な差はいったいどこから生まれたのか。矢野がその尻尾を公然とさらけ出すことになるのは、いま振り返ると、委員長辞任の引き金となった「明電工」スキャンダルがきっかけだった。

※ 3か月ほどブランクが空きましたが、矢野絢也に関する連載を再開いたします。2~3日に1回程度の不定期掲載になる見込みです。

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カテゴリー:コラム, 矢野絢也
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