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Archive for 2010年2月

矢野絢也が母校ちょろまかし裁判で“実質敗訴”  東京高裁

2010年2月28日 コメントは受け付けていません

 元政治家の矢野絢也が母校の同窓会基金の金を不正に詐取したと書かれ、掲載媒体の財界にっぽん社と執筆したジャーナリスト坂口義弘氏に1100万円の損害賠償を求めて2006年12月に訴えていた裁判で2月19日、和解が成立した。和解内容は記事内容について、「裁判上真実性を確定できる証拠がないことを確認する」とし、矢野側が裁判を取り下げることを実質上の条件にしたものだ。
 矢野は不正に200万円ものカネを詐取したと書かれ、勢い込んで訴えたまではよかったが、1審で完全敗訴し、2審でも“実質敗訴”の結果に終わった。なぜなら、請求した賠償額を1円も支払わせることができなかったばかりか、一審判決では記事内容の真実性を認定され、その根拠を判決文にたくさん指摘されたからだ。2審の和解調書では、「裁判上真実性を確定できる根拠ない」とされたものの、詳しくいえば、確定できるほどではないが、ほぼそう思われて仕方のない材料はたくさん揃っていたということの裏返しでもあり、仮に2審の判決をもらっていれば、真実性は認められなかったとしても、相当性の部分で免責されていた可能性が高い。
 だからこそ、一審原告の矢野側は、高裁判決を得ることなく、「和解」という“実質敗訴”の結果を呑んだのだろう。矢野が、金に汚い政治家であった証拠はこれにとどまらない。ほかにも腐るほど残っている。金銭に潔癖な公明党という『クリーン・パーティー』にとって、矢野絢也は同党を利用して派生した“現存する異物”である。

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カテゴリー:コラム, 矢野絢也

政府が閣法提出を見送りへ  外国人参政権

2010年2月27日 コメントは受け付けていません

 今日付の毎日・産経は、政府が永住外国人に地方選挙権を付与する法案の政府提出について見送る方針を固めたと報じた。平野官房長官や原口総務相の発言として報じられたもので、これにより、議員立法を模索する動きが強まりそうだ。その場合、民主党単独となるのか、与党の民主・社民共同提案か、あるいは野党を含めた超党派の枠組みになるのかが注目される。
 一方、鳩山総理が踏み込みすぎた朝鮮学校を高校無償化から除外するとの方針は、今朝の紙面でも大きな問題として取り上げられている。「東京新聞」はこちら特報部の特集ページでさっそく東京・北区の朝鮮学校へ足を運び、授業内容を取材。同高校1年生の「歴史的経緯があってぼくたちはここにいるのだから除外しないでほしい」などの声を紹介している。同じ欄のデスクメモではこんな言葉も。「中井拉致担当相に聞きたいものだ。在日の子供を痛めつけ、日本の子供に差別意識を植え付けて、拉致問題が前進するのだろうか。罰ゲームじゃあるまいし、こんな愚策しか持ち得ないのだろうか。被害者家族を泣かせ、何もできぬ責任を誰に押し付けるつもりなのか。有権者は、あなたを見てますよ」。
 要するに、政府が筋違いの“弱い者イジメ”をしているだけと指摘している。「しんぶん赤旗」は2面でコラムを掲載。「朝鮮学校は、いまでは高校野球、高校サッカーにも参加し、多くの大学も入学資格を認めるなど、『機会均等』が押しとどめることのできない流れになっているなかでの問題です」「国際感覚、人権感覚が鋭く問われる事態となっています」。小生は共産主義政党を好きではないが、この意見には100%賛同する。
 今日付の読売新聞(政治面)に、「創価学会幹部と小沢氏が会談」というベタ記事。昨日夜の出来事という。

カテゴリー:コラム, 外国人参政権

「朝鮮学校」排除はおかしくないか

2010年2月26日 コメントは受け付けていません

 鳩山首相が中井拉致問題担当相の要請を受けて、高校無償化問題をめぐり、「朝鮮学校」を除外する方針を示したという。この問題は日本の未来をつくる「教育」にかかわる問題であり、政権交代後の新政権の理念が問われる課題にほかならない。
 朝鮮学校が在日朝鮮人のための学校で、北朝鮮の影響を強く受けた学校であった事実は間違いない。だが、現在はその実態は大きく様変わりしていることは関係者にはよく知られている。今日付の東京新聞によれば、日本の高校にあたる東京朝鮮中高級学校の高校部の生徒では600人中、韓国籍が49%、日本国籍が1〜2%という。
 朝鮮学校はすでに朝鮮籍の子どもだけでは運営できず、韓国籍の子弟を民族教育の場として“活用”している実態が明らかだ。であるからこそ、国際結婚あるいは帰化して日本国籍をとったあとも子どもを朝鮮学校に通わせている実態がある。戦後まもなく、韓国系よりも、朝鮮総連のほうが民族教育に熱心であったことの反映であろう。
 なにより、特定の国籍を除外することは、憲法で規定する法の下の平等に反する。さらにいえば、ことは「教育」分野の問題である。この国の将来が、中長期スパンで見て教育のあり方にかかっていることは明白であるにもかかわらず、大人社会が特定学校のみを差別するような方法でよいのだろうか。
 朝鮮学校は“ミニ金正日”を育成するための学校ではない。日本政府が保障してこなかった民族教育を実践するための数少ない学校として、韓国籍や日本籍の子どもを通わせている現実もある。
 大人社会の問題と子どもたちにかかわる教育の問題は、明らかに「位相」を異にする問題のはずだ。鳩山政権は現実をきちんと認識したうえで、公正な決断をすべきである。

カテゴリー:コラム

サイコパスの行動

2010年2月25日 コメントは受け付けていません

 東京・豊島区に住んでいた連続練炭殺人の容疑者が殺人容疑でようやく逮捕された。詐欺容疑で最初に逮捕されたのが昨年9月だったから、半年近くかかったことになる。サイコパス(=良心の呵責をもたない異常人格者)が自分の罪を認めようとしないのは広く共通した特徴であるため、本人がいまだ否認しているのはむしろ当たり前のことだ。
 サイコパスは自分の罪や責任を逃れるために平気でウソをつく人間であるため、結果的に多くの点で齟齬をきたす。それでもなんのためらいもなく平然とウソをつける特技のためか、一般人の多くはその態度・振舞いにだまされることも多い。詐欺師にサイコパスが多いのはそうした理由からであろう。
 そうした特質面から、状況証拠は完全にクロであるにもかかわらず、本人だけが「否認」を続けるという現象が、サイコパスをめぐっては起こりがちだ。上記の練炭殺人鬼(=容疑者)も同様である。
 だが、サイコパスが常に殺人を犯すとも限らない。サイコパスの共通項はあくまで≪良心の呵責をもたない≫という特質にあり、人を殺すかどうかは、あくまで結果論にすぎないからだ。サイコパスの殺人の動機は、自己本位な自分の利益と結び付いていることが圧倒的に多いのも共通した特徴である。
 東村山市議の矢野穂積が、良心の呵責を欠落させている、典型的なサイコパスの類型に入る人物であることはすでに明らかだ。サイコパスが公職者(市議)になるとどうなるか、その“生きた実例”を彼は一貫して示し続けてくれているといってよい。自分の立場を守るために多くの議会人を攻撃する。それは議会場で繰り広げられるだけでなく、ビラを使って、市内各地に巧妙にプロパガンダを行ってきた。
 さらに「訴訟」を連発して、あたりかまわず威嚇し、批判をしにくくする。相手は応訴負担を余儀なくされるため、批判の力が弱まる傾向が出てくる。そうなれば、同人にとってはしめたものである。
 たとえ、市民としての正当な権利である「請願」であっても、自分の利益に反するものであれば、平然と民事訴訟で訴え、逆に市民を「法廷」に引きずり出す。そんなことは、同人にとっては“朝飯前”の行為だ。
 95年の朝木明代市議転落死事件も、上記のような性質をもつ公職者によって、格好のネタとして使われた。自分の立場を守るために、驚くほど平然とウソを主張しつづけてきたこの男の軌跡は、「サイコパスが市議会議員になったとき」どうなるかという『見本』を、 後世のために示してくれている。

カテゴリー:コラム, サイコパス

講談社が2期連続で大幅赤字

2010年2月24日 コメントは受け付けていません

 出版社大手の講談社が23日、2009年度(08年12月〜09年11月)の決算を発表した。前期に引き続いて書籍や雑誌の売り上げが伸び悩み、売上高は前期比7・8%減の1245億円と低迷した。書籍が5・9%減、コミックを除く雑誌が9・6%減だった。売上高は1995年の2033億円をピークに減少が続いているという。前期は76億円の赤字だったが、今期の最終損益は57億円の赤字となった。同社は賞与や会合費のカットなどで10数億円の経費削減を実施したという。

カテゴリー:コラム, 講談社

日本会議の“尖兵”となって与党内で動き回る「亀井静香」

2010年2月23日 コメントは受け付けていません

 選択的夫婦別姓法案について、日本会議をはじめとする神道系右翼団体の反対運動が活発化している。同団体ではこの法案と外国人参政権法案について、“日本解体法案”などと位置づけ、さまざまな反対集会などを催すとともに、地方議会の自民系議員などに働きかけて、組織的に反対決議を推進している。亀井静香大臣は、「ひとつの姓じゃないと家庭崩壊を招く」などと発言したようだが、今日付の東京新聞の声の欄に投稿された婦人の文章などによると、「世界では、結婚したら一つの姓にと強制する国はほとんどありません」といい、すでに日本人が外国人と結婚した場合は、選択的夫婦別姓は実際に行われている現実を指摘し、別姓であっても家族は固い絆で結ばれていることを証言している。結論として、「何の害ももたらさない法律です」と述べ、保守反対派の主張が杞憂であることを裏付けている。
 同様のことは、外国人参政権問題でもまったく同じで、ことさら心配事をつくりだし、反対のための反対を展開しているようにしかみえない。神道勢力は、日本を敗戦に導いた思想的支柱とも呼べる歴史的経緯をもっているが、新たに息を吹き返し、日本を古い時代に戻そうとしている動きは明白だ。
 その権化ともいえる存在が、日本会議と連携して動く政治家グループ「日本会議国会議員懇談会」であり、活発に活動しているのが山谷えり子参議院議員(自民)、稲田朋美衆院議員(自民)、平沼赳夫衆院議員などである。亀井静香氏もこの懇談会に所属していることは、同氏の行動の背景を語る上で無視できない。

カテゴリー:コラム, 外国人参政権

東京は韓国に乗っ取られたのか?

2010年2月21日 コメントは受け付けていません

 先日、久し振りに羽田空港に向かう手段として京浜急行を利用した。JR品川駅で京急のホームに向かおうとしたとき、羽田空港行き電車の時刻を示す電光掲示板が「ハングル」になっているのを見てびっくりした。いつもなら「○時○分 羽田空港行き」などと日本語で示される表示がすべて読めないのだ。しばらくすると、それは日本語の表示に戻りやや安堵したが、すぐに今度は中国語標記へと変わり、最後は英語に変化した。つまり、京急は4カ国語表示に変えたことになる。
 あまり気にしていなかったので過去にも英語表示はなされていたのかもしれないが、ハングル、中国語はかつてはなかった。こんな現象をさして、「対馬が韓国に乗っ取られる」と騒いできたような類いの人々は、今度は「東京も乗っ取られる」と叫ぶのであろうか。彼らは、対馬空港を降りてすぐの場所などにハングル標記の看板が多いことなどをことさらに取り上げ、韓国に文化侵略されているかのように煽ってきた。現実的には、単なる利便性のたまものであり、特定の外国籍旅行者が増えていることに対処したにすぎないことは明白だった。
 日本人は周辺を海に囲まれ、異質のものへの拒絶反応が強い民族であるかもしれない。いい意味でのおおらかさに欠け、包容力に欠けるあまり、外国人に対しても、「等身大の人間」として見る前に、異分子として認識・排除する傾向が強いようだ。その根底にあるのは実は「臆病さ」であり、その現実を糊塗するために、日本民族などの特定用語を使うように思えてならない。
 外国人参政権に反対している人々には、実はこうした人々が多く含まれている。最近では、「産経」キャンペーンや『マンガ嫌韓流』の影響を受けた人たちが多いようだ。最近つくづく感じるのは、実際は、産経のような偏向キャンペーンの存在が問題なのではなく、それに対する有効な「対抗言論」を提示しようとしない朝日・毎日・東京などの新聞の姿勢のほうにより大きな課題があるということだ。新聞内容を差別化させ、売上げにつなげようとする目的があるとはいえ、産経のその「偏向」に徹し抜いた姿勢は、リベラル紙がおおいに学ばなければならない点ではないかと感じている。要するに戦いは、「捨て身」のほうが強いということであろう。

カテゴリー:コラム, 外国人参政権