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民主と検察の攻防

2010年1月18日

 疑惑や不正がある場合、捜査するのは当然のことだろうが、そこに別の意図が隠されていると思われる場合は、疑念に思わざるをえない。この間の強制捜査について、検察はやりすぎではないか、との印象を個人的には抱いてきた。16日に行われた民主党大会で鈴木宗男氏は、「検察が正義の人と思ったら大間違いだ」「狙われたらだれでもやられる」と述べるとともに、17日付の朝日新聞で佐藤優氏も、「今回は国策捜査ではなく、民主党と官僚組織の権力闘争だ」と指摘する。官僚組織出身者の言葉だけに重く感じる。
 いま検察当局がやろうとしていることは、昨年の圧倒的な民意を「捜査によって無に帰す」ものであり、国政政治にとどまらず、国民生活への影響は甚大だ。結果として、今回の捜査でたいした内容が出てこなかったら、当局はどのように責任をとるつもりだろうか。過去の検察の裏金問題と重ね合わせ、検察批判の声は一層高まるだろう。
 民主党政権をつぶすのが検察の狙いとすれば、それは誤りだ。民主党政権の是非を決めるのは国民の意思であって、検察の権力によるべきではない。自民党議員との捜査対応の差は、不公平さをも感じさせる。通常国会召集の目前、あるいは民主党大会の直前の時期にあえてこのような措置をとったことは、その目的に疑問を感じさせる結果になった面もあったのではないかと思われる。

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カテゴリー:コラム
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