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矢野穂積が千葉氏攻撃に“躍起”になる理由

2010年1月6日

 “ペテン師”の市議会議員「矢野穂積」が元東村山署副署長の千葉英司氏を執拗に攻撃するのにはワケがある。95年の転落死事件当時、千葉氏は副署長なので広報担当(マスコミ係)の任にあり、捜査の責任者でもあった。その千葉氏を「偏向捜査」呼ばわりし、情報操作に懸命に努力してきたのが矢野穂積である。矢野に、そうせざるをえない差し迫った事情があったことはいまとなっては明白だ。
 最近も矢野は自分たちのホームページ上で、死亡した朝木明代がはだしで歩いたというのは「つくり話」なるヨタ話を大々的に掲載し、プロパガンダに躍起になっている。根拠も幾つか示されているが、肝心の主張を同人らは書物『東村山の闇』でさえ触れておらず、最初から説得力に欠ける。なにより、同人らは警察捜査がそのような形で恣意的に行われたということを指摘しているのであり、警察当局の威信に関わる話でもあろう。
 なぜ矢野が千葉氏攻撃に必死になるのか。千葉氏はすでに退職している身ながら、元公職にあった立場であり、自由闊達に過去の捜査情報を公にしにくい実情がある。さらに千葉氏は自分のホームページをもっていない。要するに、矢野にとっては、言えば言っただけ自分の点数になるといった感覚がある。結局はプロパガンダの延長にすぎないのだ。
 逆に明代がはだしで歩いていたとの事実が前提として広がれば、何より困るのは矢野自身だ。ではどこから歩いたのかという、当然すぎる疑問に市民は関心を向けることになるからだ。最も疑われるべき場所は「草の根事務所」であり、明代のバッグがそこに置かれていたという争いのない事実に加え、明代の靴が事務所に置かれていたという目撃証言も、矢野にとっては触ってほしくない事柄であろう。
 仮に明代が草の根事務所から歩いて転落現場に向かったとなれば、その時点で、この事件は単なる「自殺」であったことがほぼ確定してしまう。それでいちばん困ることになるのは何を隠そう、矢野自身なのだ。捜査をかく乱する意図でわざわざかぎを現場周辺においた人間も、明代が事務所に残した靴を後で意図的に隠した人間も、疑われるべき人物はほぼ一人に限られてくるからだ。矢野はそれが怖いのだ。だが、そう疑われて仕方のない前提事実がすでに明確に存在する。
 自分の「弱み」から目を背けさせるために、千葉氏を一点攻撃し、さらに教団に責任を覆いかぶせてきた男。繰り返しになるが、こんな卑劣な人間は世にも珍しいだろう。良心の呵責を欠いていることがサイコパスの最大の特徴といえるが、こんな人間がいまも「公職」の地位にとどまり続けている現実は、東村山市民にとっての悲劇に思える。

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