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堕ちた元委員長  28  田中角栄の影響

2009年12月8日

 矢野絢也が≪金銭腐敗政治家≫に堕落していく過程で、大きな影響を与えたと思われる人物に田中角栄元首相がいる。田中が自民党の大金庫を扱う党幹事長に就任したのは1968(昭和43年)12月のことだから、竹入・矢野が衆院の赤じゅうたんを踏んで2年ほど後のことになる。彼らは69年暮れからの言論出版妨害事件でも田中幹事長(当時)におおいに世話になるわけだから、抜き差しならない関係はすでにこのころから明確にできていたはずだ。
 田中の首相時代は72(昭和47)年7月から74(昭和49)年12月まで。ロッキード事件で逮捕されたのは76(昭和51)年7月27日のことで、首相の座から滑り落ちて1年半が経過していた。1・2審で懲役4年の実刑判決を受け、上告中の93年に他界した。当時の疑惑を追った『日本の黒幕 小佐野賢治の巻』(全4巻、新日本出版社)にあらためて目を通してみると、すさまじいばかりの“金権腐敗”の実態である。
 田中には小佐野賢治という名の政商がバックについていた。田中角栄という政治家の実像は、実は「小佐野の政治的代理人にすぎなかった」というのが当時取材した赤旗記者の感想でもある。その意味で、「ロッキード疑獄は小佐野疑獄だ」と同紙記者らは回想する。取材班の中心には、その後、同党から離れる“エース記者”の下里正樹氏もいた。
 『日本の黒幕』によると、当時、「小佐野献金リスト」というものが取りざたされたらしい。「小佐野が田中角栄と組んで自民党や野党の一部にバラまいた黒い金、これが明るみに出るのをだれよりも恐れている連中がいる」と赤旗記者は指摘している。その対象となる政治家は100数十人にのぼったともいう。一般紙では「野党も、共産党を除く3党で約10人にのぼる」と報じられた。当時の野党3党とは、日本社会党、民社党、公明党にほかならない。
 田中が自民党総裁(首相)の座に上り詰めることになった72年の総裁選挙では、当時の金で100数十億の金がばらまかれたと噂された。その大口出資者が小佐野賢治だったということになる。田中が首相に就任した72(昭和47)年7月から辞める74(昭和49)年12月までの間に、矢野絢也が取得した不動産の動きはたいへんに興味深い。列記すると以下のようになる。

 【1972年】
 7月27日  三重県賢島に300坪以上の別荘を購入
 【1973年】
 8月 9日  東大阪市に5600万の鉄筋3階建ての豪邸を購入
 【1974年】
 1月19日  奈良県生駒市に800平方メートルのさら地を購入

 歳費だけではとうてい購入できない規模であることは明らかだ。これらの「原資」をたどれば、小佐野賢治が田中角栄に献金した「黒い金」がまじっていた可能性はかなり高い。あるいは領収書が不要な官房長官の“打ち出の小槌”=「官房機密費」が流入していた疑いも相当に残っている。実をいえば、矢野絢也は、上記の三重県の別荘や奈良・生駒の不動産を売却した後に現在の新宿区の≪豪邸≫を建設しており、いま住む土地・建物も、その原資は小佐野ルートなどの「黒い金」であったとの≪疑惑≫が晴れないままである。
 矢野は上記資金の出所について、35年以上すぎたいまも、なんら有効な説明をなしえていない。

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