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Archive for 2009年12月

“希代のペテン師”におもねる「虚飾の政治屋」

2009年12月31日 コメントは受け付けていません

 矢野絢也が12月に講談社から出した新著には、『「虚飾の王」との50年』とのサブタイトルが付されている。何を隠そう、その矢野自身こそ、「虚飾の政治家」だったことは疑いようのない事実だが、こうした本来自分に向けられるべき形容を、自分以外の第三者に転嫁して“責任逃れ”を図る手法は、まるであの「希代のペテン師」山崎正友の手法とウリ二つである。個人的見解ながら、この書の最大の特徴は、山崎の過去の証言・著作を全面的に信頼し、しばしば引用し、さらには“持ち上げている”点であろう。
 講談社の書籍担当者が愚かなのか、ゴーストライターが屈折しているのか知らないが、この一点だけでも、この書物の歴史的評価を大きく損なうことは間違いない。
 山崎といえば、元弁護士でありながら、依頼者を恐喝して実刑判決を受けた札付きの人物として知られ、1年前に急逝した。サイコパスが弁護士になればどのような軌跡を描くかということを端的に証明した人物にほかならなかったが、山崎の教団批判には肝心のところで多くのウソが隠されていた。そのため、同人が残した著作の内容も、事実的見地からは、後世の歴史家の参考にはなりにくいものだ。
 こうした著作について、矢野は「彼の著書には信頼できる記述がたしかに多い」「内部証言としての価値は高い」などと誉めちぎっている。
 矢野は議員引退後、金儲けのために、正真正銘の「詐欺師」と仲良く付き合ってきた。いまそのうちの一人は「塀の中」と聞くが、同類相憐れむの境地からなのか、“ペテン師”の山崎にも共鳴していることは明らかだ。
 何よりこんな書物が出たことで喜んでいるのは、デマ扇動のいつものガセネタ稼業の類いか、あるいは日蓮正宗関係者らなどであろう。結局のところ、「かつての山崎一派」にほかならない。「希代のペテン師」亡きあとの山崎正友の役割を、なんのことはない、矢野絢也が肩代わりしている構図である。

カテゴリー:コラム, 矢野絢也

立証できずに「白旗」を掲げた矢野穂積ら

2009年12月30日 コメントは受け付けていません

 朝木明代が死亡した95年9月2日から、同僚市議の矢野穂積は「他殺」と「教団関与」をあからさまに主張し始めた。明代の娘で、矢野に“議席譲渡”したことで問題になっていた朝木直子も、同様の発言を繰り返した。
 教団側は悪質なメディアについて刑事告訴と民事訴訟を起こしたが、その最たるものが「週刊現代」だった。同年9月、教団が民事提訴した裁判は99年7月に一審判決にたどりつくが、被告の講談社に謝罪広告の掲載と200万円の賠償を命じる厳しい内容だった。
 この裁判で現代記者に対し、「母は殺された」と語っていた朝木直子と大統(明代の夫)は、途中から一転取材を受けていない旨に供述を変遷させ、立証責任を逃れようと方針転換した。この確たる事実経過は、草の根を主導していた矢野穂積が、教団関与の他殺説の真実性を立証することが不可能と判断し、自分たちの責任を回避しようと、講談社との信頼関係もかなぐり捨てて、自己保身を図ったことを意味していた。
 ここから見えるのは、自分のためなら他人がどうなろうと関係ない、過去の自らの主張でさえ簡単に捨て去ることのできるお手軽さというべきものであり、「ペテン師」の典型というべき行動パターンだった。
 同じパターンを、朝木明代転落死事件にあてはめるとよりわかりやすい。矢野穂積が「他殺」と主張した根拠はほぼなきに等しく、自分の身を守るためにそう主張せざるをえなかった構図だけが鮮明に浮かび上がる。
 話は変わるが、矢野穂積はこれまで、サイコパスが市議会議員になったらどうなるかという実例を世間に多く提供してきた。サイコパスは欧米では「洋服を着た蛇」と別称されている。獰猛な捕食性と良心の呵責の欠如がその特徴だ。最近ではマングースの働きをする人が増えてきて好ましいが私もその一人にすぎない。
 飽きっぽい小生を再び「東村山の闇」に導く結果を招いてくれたのは、だれあろう、矢野本人である。

カテゴリー:コラム, 矢野穂積

「矢野穂積」の自己保身による情報操作

2009年12月29日 コメントは受け付けていません

 朝木明代が転落死してまもない95年9月4日付の産経新聞に、「転落死の朝木市議 きょう出頭の予定」と見出しのついた小さな記事が掲載されている。それによると、「東村山本町のマンションで1日、転落死した同市諏訪町、東村山市議、朝木明代さん(50)が、6月に同市内の洋品店で衣類を万引きしたとして東村山署から書類送検された窃盗事件にからみ、事情聴取を受けるため東京地検八王子支部から4日に出頭要請を受けていたことが3日、分かった」との書き出しで始まる同記事に、注目すべき以下の記述がある。
 「窃盗容疑で送致を受けた同支部では、朝木市議が当初主張していたアリバイについて、『疑わしい部分がある』として、朝木市議と同市議のアリバイを証明している関係者の計2人を4日に事情聴取する方針を固めていたもようだ」
 ここに出てくる「同市議のアリバイを証明している関係者」とは、何を隠そう矢野穂積にほかならない。記事内容が真実とすれば、朝木明代と矢野がヤメ検弁護士のもとに法律相談に訪れた9月1日のわずか3日後に、2人は地検に出頭予定だったことになる。明代は万引きによる窃盗事件で、さらに矢野はアリバイ工作による偽証罪に問われかねない内容だったとも思われる。
 注目すべきは、明代の転落死のあと、矢野穂積がこうした経緯をマスコミに一切説明することなく、「他殺」「教団関与」のみを声高に主張し、世論操作あるは扇動行為にひた走った事実であろう。
 自分にとって都合の悪い情報をもみ消すのは、権力者の常套手段として知られるが、矢野穂積にとって、4日に検察庁に出頭する予定であった事実が「大きく広まる」事態は、是が非でも避けねばならなかったようだ。明代が自殺したとなれば、その責任は一挙に自分に押し寄せることは明白だった。逆に、他殺を疑われれば、責任は回避され続ける。こうしたカラクリは、時をへて、すでに明瞭に浮き彫りになっているとさえいえよう。
 この事件には、≪邪悪な情念≫ が、どす黒く横たわっている。

カテゴリー:コラム, 矢野穂積

独断と偏見で選ぶ今年の10大ニュース

2009年12月27日 コメントは受け付けていません

○「週刊新潮」が朝日襲撃犯手記で大虚報
○山崎正友の一連裁判がすべて終結
○矢野絢也が「財界にっぽん」に一審敗訴
○民主党に政権交代
○低劣右翼が落書訴訟で敗訴
○東村山のサイコパスが小生に不可解な訴訟を起こす
○ 日共関与の北朝鮮帰国事業から50年
○民主・石井一議員の郵便不正問題への関与発覚
○川崎協同病院の須田セツ子医師に有罪確定
○ 敗訴続きの「ガセネタ屋」乙骨某がキャッシュで一戸建て自宅を新築

カテゴリー:コラム

「天皇家は韓国から来た」は正しいか?

2009年12月25日 コメントは受け付けていません

 首都圏で昨日発売された「週刊新潮」(新年号)のトップ記事で、小沢幹事長が韓国で講演した内容を取り上げ、「天皇家は韓国から来た」などとする発言を紹介し、「亡国の徒」と斬り捨てている。政治家として他国でどのタイミングで何を発言するかはバランス感覚を常に問われることではあろうが、私には発言内容が事実かどうかのほうがより重要に思われる。
 京都に遷都した桓武天皇の母方が、渡来系であったことはすでに史実として確定している。さらに当時の政府内の多くが、渡来系人脈で占められており、比率としては3分の1を占めていたとの書物も残っている。
 朝鮮半島を侮蔑的にとらえるのは明治以降の皇国史観の流れから生じたことであろうが、当時は、渡来系であることが“主流”であり、むしろ「ステイタス」であった。当時の朝鮮半島人は、日本から見れば明治以降の西欧人のような存在で、進んだ文化の国からの使者と見られていたのだろう。そうでなければ、天皇家の血筋に朝鮮半島の血が入っている意味は、明治以降の感覚ではとうてい理解できないものかもしれない。
 大和朝廷がつくられる以前の日本で、天皇家がどのように暮らしていたかの実態はよくわからない。権力を得た段階で、それ以前の「正しい歴史」は多くが改ざんされたと推測されるからだ。ただ上記の過程をみると、天皇家が朝鮮半島から日本に渡った人々の末裔である可能性は高いはずだ。むしろ、一般庶民よりも、その血の濃さは相当に濃いと思われる。
 ただしそれを「韓国から来た」と言うのか、「朝鮮半島から来た」と言うのか、そのへんには感覚のズレが生じるだろう。突き詰めていえば、日本人の先祖も、韓国人の先祖も同じ。つまり、日韓同祖論だ。100年前の韓国併合では、高名な学者がこのような論理を持ち出して植民地化の正当性を主張したことも歴史的事実である。日韓同祖論も、主張内容そのものは真実と思われる。
 その意味では「嫌韓流」などと騒ぎ立てる者たちが、天皇家に親近感をいだき敬愛の態度を表明する姿は、自己矛盾もはなはだしい。われわれは朝鮮半島の人々と同じ先祖をもつことを事実として認識するべきだ。
つまるところ、小沢氏は韓国で正しいことを述べたのであり、問題とされるとすれば、そのタイミングや状況における政治家としての判断能力が問われるといった程度のレベルにすぎないと感じる。

カテゴリー:コラム, 新潮社

東村山の「本当」の闇(続々々々)

2009年12月24日 コメントは受け付けていません

 今回は番外編である。矢野穂積という男と、朝木明代・直子という女性、つまり性差に関する不可思議な関係についてである。例えば、乙骨某が出版した『怪死』(1996年)には以下の記述がある。
 「誹謗中傷の極めつけにあるのが、W不倫情報。朝木さんと矢野さんは、以前からW不倫関係にあり、2人が性交渉していた声が、事務所から漏れていたなどとの噂が、東村山市内では、創価学会・公明をはじめとする反『草の根』グループからまことしやかに流されているのである」(P232)
 このへんの事情を宇留嶋瑞郎氏も聞き及んでいたのか、『民主主義汚染』(1998年)では、草の根事務所に関して、「2人がプライベートな関係を深めた場所でもあったようだ」と抑えた筆致で示唆している。
 それでも、乙骨某の不用意としか思えない上記の記述は、娘の朝木直子を激怒させてしまったようだ。単行本『デマはこうしてつくられた。』(2003年)では、「ついには裁判沙汰まで発展した」との記述もなされている。
 乙骨は『怪死』のなかで、上記のような指摘について、「根も葉もない誹謗中傷」と“弁護”してみせているが、私の知る限り、そのような状況を疑われても仕方のない幾つかの前提事実が存在するのも事実のようだ。さらにそれらに教団関係者が関与したフシはない。
 私がここで問題にしたいのは、個人的なプライバシーに関わる事実をあげつらうことではなく、仮にそうした背景があったとすれば、この事件あるいはその後の「草の根」の対応に、どのような影響を与えたのかという客観的事実についてである。実はこれも、東村山問題の「本当」の闇の一つといってよいのかもしれない。

カテゴリー:コラム, 矢野穂積

「羽毛田」宮内庁長官を批判する論調

2009年12月23日 コメントは受け付けていません

 30日ルールを守らなかった首相官邸&小沢幹事長の言動に対し、新聞マスコミはじめ「週刊文春」「週刊新潮」などのメディアも、右派論調に乗っかる形で、強烈な小沢批判を展開したのはご存知のとおり。ここに来て、官僚の身分ながら、記者会見までして自説を展開した宮内庁長官「羽毛田信吾」に対し、批判的な論調が出るようになってきた。たまたま最初にそれを目にしたのは、21日付の東京新聞(夕刊)の「放射線」というコラム。執筆者は佐藤優氏。少し長くなるがそのまま引用する。
 「天皇陛下と習近平中国国家副主席の会見をめぐって、鳩山内閣が天皇陛下を政治的に利用したのではないかという非難の大合唱がマスメディアで起きている。だが、筆者はそれに違和感を覚える。羽毛田信吾宮内庁長官が、天皇陛下に習近平副主席を会わせるべきではないと職業的良心にもとづいて考えるならば、『私はそのようなお願いをすることはできません。どうしてもというなら、私を解任してください』と主張すべきだ。そのために解任されても、言い訳などせずに静かに去っていくべきだと思う。宮内庁職員の使命は身を挺して、天皇陛下が政治に巻き込まれないようにすることだ。羽毛田長官が経緯説明という名目で記者会見したことによって、天皇陛下が政治問題に巻き込まれてしまったというのが真相だ」
 さらに東京新聞は今日付の「本年のコラム」という欄でも、精神科医の斎藤学氏が「官僚の情報操作」と題して次のように書いた。「宮内庁も官僚機関だから同じ手を使う。自分たちが作った1カ月ルールなるものが政治権力によって破られたと、長官がマスコミを集めて演説をぶった。国民は天皇を持ち出すと条件反射的に思考停止するから、世論を見方につけられると読んだのだろう。案の定、マスコミは宮内庁長官を支持した。しかし、今回の中国政府幹部の拝謁は、そんなにおかしいことなのか。『天皇の健康を考えれば政治利用はゆるされない』などと声高に言うことこそ、政治利用ではないか」。
 趣旨は同じであろう。私もこの2つの意見に賛同する。

カテゴリー:コラム, 新潮社