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堕ちた元委員長  22  草創期の教団に入る

2009年11月24日

 1953(昭和28)年9月、矢野絢也は母・菊枝とともに創価学会に入会した。昔から日蓮正宗の信徒であった叔母が、矢野家の惨状を見て熱心に入会を勧めてくれたためという。本人にすれば母親に義理立てしただけの形式的な入会にすぎなかったようだが、父親の病気や家庭内の行き詰まった経済状況を打開したいとの気持ちもあったに違いない。それでもまだ真剣に信仰活動に取り組むには至らなかった。その後、矢野の内面は徐々に変化し始める。
 父親・重光の病状の変化も、信仰生活にプラスの影響を与えたようだ。絢也が真面目に信仰活動に取り組むと、父親の病気は不思議と回復の兆しを見せ、休むと逆に症状は重くなったという。「仮病を使って、信心をさせようとしているのか」と疑ったことさえあったが、それでも父親の演技ではなさそうだった。
 入会2年目の昭和30年には隊長に昇格し、積極的に活動に取り組み始める。

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カテゴリー:コラム, 矢野絢也
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