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堕ちた元委員長  16  「敗残者」の本質

2009年11月9日

 昨年末に急逝した元弁護士・山崎正友がまだ生きていたころ、ある裁判でこんなことがあった。山崎の書いた著作が名誉棄損で訴えられ、山崎側が一審で40万円敗訴していた裁判の1回目の控訴審のことだった。山崎は新たに証人となる可能性のある人物の名前を出さないまま、今後の立証方法について、「証人か陳述書か、いろいろ事情があって、いま交渉している最中です」と述べると、当然ながら裁判長が問いただした。
 「山崎さんにお尋ねします。証人の予定者は何という人ですか」
 「ちょっと名前を言えません。最近お辞めになって、創価学会に対して敵対している方です」
 「名前を言えないならどういう人ですか。この事件とどういう関係がありますか」
 山崎は、あまり直接的な関係にあるとは思えないような理由を挙げ、さらに「直接お会いして交渉したいと思っています」と言葉を重ねた。
 裁判長が「いま話題になっている人ですか」と重ねて尋ねると、山崎は「はい、ヘヘヘ」と口を濁す有り様。
 山崎が名前を出すことができなかった人物の名が、2008年5月に脱会表明していた「矢野絢也」であることは間違いなかった。この口頭弁論が開かれたのは、同年9月のことである。
 結論からいうと、山崎側は最後まで、矢野の陳述書を提出することはなく、まして証人に採用されることも実際にはなかった。それでも“希代のペテン師”として知られた山崎が、矢野を“同じ仲間”として利用しようとしていたことは間違いなかった。
 事実、山崎が死去したあと、その「役割」を見事に受け継いでいる存在は「矢野絢也」にほかならない。日蓮正宗内の“謀略専門組織”の顔をもつ妙観講の機関紙などでも大きく取り扱われ、教団攻撃の道具として活用されている。加えて、反学会ジャーナリストとして活動をつづける乙骨某などとも親密に連携し、“意趣返し”の行動を継続中だ。
 山崎や矢野といった反逆者には、期せずして、共通した傾向が見られる。自分が「立場」をもっていたときに犯した過ちを、自らの責任で認めて自省するという過程をたどらず、すべて自分以外の「他者」に責任転嫁し、自己責任を免責するという傾向のことである。人間にはだれしも少なからずそうした弱さは見受けられようが、「元弁護士」「元政治家」という公の立場のあった人間には、そうした言い訳は世間的には通用しない。
 2人に共通するのはその「詐欺師」的体質であり、いずれも、カネに汚い点で酷似している。前職は異なるものの、たどった道のりは、驚くほど似通っている。
 「矢野絢也」は≪山崎正友の政治家版≫と見るほうが、本質をとらえることになりそうだ。

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