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矢野絢也が付き合うジャーナリストのレベル

2009年11月2日

 不明朗な巨額株取引が原因で党委員長職を辞任に追い込まれた矢野絢也が11月12日、大阪府佛教会の主催する催しでパネラーとして登壇する。宗教紙「仏教タイムス」などによると、討論は大阪市内のホテルで行われ、テーマは「自公政権の落日」——。ガセネタ屋の異名で知られる乙骨某なども参加する。
 乙骨といえば、95年の東村山市議転落死事件で教団関与説をふりまき、自ら本まで出版してデマ・キャンペーンに加担。翌年の信平狂言事件でも、裁判で大部の書面を自ら作成し、狂言側をサポートするなど、教団を貶めるためなら手段を選ばない方法で活動を続けてきた人物。すでに6件もの名誉棄損事件で敗訴を繰り返し、賠償命令総額は400万円を超える「元脱会者」だ。
 東村山や信平狂言事件当時に“暗躍”したジャーナリストで、いまも教団を“飯の種”にしているのは乙骨某くらいしか残っていない。上記のようなレベルでも十分に飯が食えるのは、教団報道の分野にまともなジャーナリストが参入せず、希少価値をもった同人が泳ぎまわる余地があるためと、何度もこのサイトで指摘してきた。
 そうしたジャーナリストと付き合う「元政治家」のレベルも、けっして高いものとはいえまい。類は友を呼ぶという言葉は、やはり真理の一端を突いていると思われるからだ。
 それにしても、矢野は90年2月に行われた最後の総選挙に出馬した際、地元支持者らに対し、当選したら自転車で皆さんにお礼して回ると約束していたにもかかわらず、「公約」を果たさないまま、一方的に大阪の自宅を売り払い、いまは東京・新宿区の「豪邸」に夫婦で暮らす。大阪の、しかも既成仏教団体の主催する会合に、どんな面をさげて、反学会ジャーナリストらと角を突き合わせるつもりなのだろうか。
 ここには、公明党議員が陥ってはならない「反面教師」の姿がある。結局は、自分のために政治家「稼業」を行ってきたのか、国民に奉仕し抜いて仕事をしてきたのか、その一念の結果でしかなかろう。
 矢野絢也は、その最も陥ってはならない「悪い見本」を、自らの行動で示しているというわけだ。反省の心をもたず、“意趣返し”に終始する言動は、すでに「山崎正友」と同じレベルに堕しているとさえ言える。

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