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堕ちた元委員長  13  伊達市の物件も「原野」だった

2009年10月26日

 公明党書記長に就任して4年目にすぎなかった1970(昭和45)年、矢野絢也が従兄弟名義で北海道伊達市に購入した土地がある。これは3年後の73(昭和48)年に北海道森町で矢野ファミリーが行った「原野商法」の先がけというべきもので、27筆計1760坪を七和商事(旭川市)から購入していた。
 伊達市の現場は昨年7月、サミットが開催された洞爺湖からほど遠くない場所で、北海道縦貫自動車道(道央自動車道)の沿線に位置する。高速道の「有珠山サービスエリア」から紋別岳に向かった中間あたりの土地で、原野と山林が広がる一帯だ。
 登記上では、矢野ファミリーがこれらの土地を購入したのは70年11月25日、売却したのは73年5月15日となっている。売却先は七和商事で、その後、同社が転売するという経緯をたどった。
 登記図面上は、一帯は「原野商法」特有の細かい区画整理がなされているものの、現場を訪れてみると、ただの「原野」や「山林」であることは一目瞭然だった。
 この地域の登記簿を見ていくと、付近一帯で、七和商事やその関係者が土地の売買にからんでいる痕跡が明確に残されていた。それらの一部を矢野絢也の側近ともいえる人物が、70(昭和45)年時点で手に入れていたという動かしがたい「事実」は重要な意味をもつ。その側近は、登記簿上は70年11月当時、大阪府八尾市大字山畑に住所をもち、72年10月、東大阪市内へ転居したことになっている(写真は北海道伊達市の現場付近)。

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カテゴリー:コラム, 矢野絢也
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