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堕ちた元委員長  11  母校の会計からもネコババ (中)

2009年10月22日

 矢野絢也が77(昭和52)年に母校の大阪府立高校の同窓基金から200万円を「詐取」した疑惑が今年8月、東京地裁の一審判決において「真実性」を認められた(現在、高裁で係争中)。発端となったのは、月刊誌「財界にっぽん」(06年10月号・07年1月号)に掲載された記事だったが、そこには何が書かれていたのか。
 記事によると、山本高校では77年に創立50周年記念事業として、同窓会基金でテニスコートの改修工事が行われた。テニスコートは校舎から少し離れたところにあり、放課後になるとテニス部の生徒たちが熱心に汗を流している場所である。問題は、このテニスコートの改修工事を府の予算で賄っていたにもかかわらず、同窓会基金から出させ、その分を懐に入れたというものである。額にして200万円。
 矢野はすでに74(昭和49)年から同校の同窓会長を務めており、組織を財団法人化した以降も2000年まで、代表者である理事長職に就いていた。要するに、同窓会の最高責任者を長く務めてきたことになる。
 疑惑が発覚したのは、当時、公明党府議として活躍し、矢野からテニスコートの改修を大阪府で行うように依頼された人物だ。府議は矢野の指示通りに仕事をしたが、山本高校の記念誌を友人から借りて読んだとき、驚くべき事実を知る。そこには、テニスコートの改修は、同窓会の基金で修繕されたことになっていたからだ。
 改修したときの契約書では、工事費は330万円。矢野は山本高校同窓会理事会の場で、「テニスコート修繕は、大林組に発注して、金額をまけさせる」と語っていたという。大林組は矢野が大学卒業後、就職した企業であり、政治家に転身する直前まで勤めていた場所だ。矢野は政治の道に進んでも、出身企業と親密に付き合っていた。
 結局、矢野は「200万円を工事代金として支払う」と言っていたが、その小切手は大林組ではなく、調和産業という会社に渡っていたことが後に判明。調和産業は建設工事を請け負う会社ではなく、矢野が代議士時代に秘書を務めたことのある人物が代表を務める会社だった。
 結局この疑惑は、矢野が「同窓会長」と「公明党書記長」という二つの≪権限≫を利用して、配下の府議に頼んで大阪府予算で修繕させる一方、同窓会には「わてが安くやってやる」と理事会を騙し、会計から200万円を拠出させて迂回して自分のポケットに入れたというもので、まさに“詐欺師”の手口そのものに映る。

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