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堕ちた元委員長  10  母校の会計からもネコババ (上) 

2009年10月20日

 2006年9月、月刊誌「財界にっぽん」は原野商法問題につづき、矢野絢也に関する驚くべきレポートを掲載した。1977(昭和52)年に、矢野が出身校である大阪府立山本高校のテニスコート改修費200万円を母校の会計から「ネコババ」したというもので、矢野は06年12月、同誌と執筆者を相手どり、名誉棄損(虚偽事実の記載)による1100万円の損害賠償を求める裁判を東京地裁に起こした。今年8月に出た一審判決では、「原告の供述は、直ちに信用することはできない」などとして、矢野の請求を棄却。記事内容の「真実性」を認める判決を言い渡した。
 77年といえば、代議士初当選の67年から数えて10年。矢野は言論出版事件が沈静化した70年夏からすでに不明朗な不動産購入を始めていただけに、この時点で丸っきりの“議員バッジを付けた守銭奴”となり下がっていたことを示す実例であろう。それを一審段階とはいえ、裁判所が双方の証拠を綿密に検証し、「真実性あり」と認めたものだ。
 一方で、これ以前に「財界にっぽん」が大々的に“告発キャンペーン”を行った矢野ファミリーによる原野商法詐欺事件については、矢野本人はいまも頬かむりしたまま、何の行動もしていない(キャンペーンの多くはすでに3年の時効期間を超えた)。事実でないなら、上記の山本高校詐取疑惑と同様に、虚偽事実の記載による名誉棄損で訴えるべきであろう。だが、そうはしていない。矢野は「私は多くの善意の支援者のおかげで代議士になることができましたが、5年後には≪詐欺師≫になりました」と、自ら認めているようなものである。言葉は厳しいが、事実なのだからどうしようもない。すでに判明している矢野の行動を図示すると次のようになる。

 原野詐欺(72年) → 母校会計詐取(77年) → 明電工事件(87年)

 これらの流れに一貫して共通するのは、カネへの異常な執着心である。権力の魔性に狂った姿は明らかだ。ただし、これらは判明した分だけの話であり、これら以外に表面化しなかった事件も数多くあったはずである。

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カテゴリー:コラム, 矢野絢也
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