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堕ちた元委員長  5  矢野絢也の詐欺行為(1) 

2009年10月9日

 この1972(昭和47)年と、矢野絢也の指示による原野商法詐欺事件は切っても切れない関係にある。
 矢野が言論出版妨害事件のほとぼりが冷めた直後の70年7月、北海道にいい不動産会社がないかを地元選出の公明党代議士に紹介するよう依頼したことはすでに述べた。その会社は当時、旭川市に本社をおいていた七和商事という会社で、矢野本人は同年秋、党務で旭川市に立ち寄った際、その会社を直接訪問し、同社幹部らと親交を結んでいる。その会社が急激に業務拡大を始めたのも、まさにそのころからだ。翌年の71年には、七和商事は次々と2つの関連会社を設立。さらに72年5月には、待望の自社ビル建設するための土地(旭川市)まで購入している。
 矢野絢也やその秘書、親族らのいわゆる「矢野ファミリー」が原野商法のための営業活動を活発化させるのは72年夏のことで、東大阪市の有力支持者であった川脇彦治郎氏に、北海道のただ同然の原野を800万円で売りつけたのもこの年だ。
 そんな矢先、矢野は7月に三重県賢島のゴルフ場近接地に300坪以上の別荘を購入。同じ月には田中角栄内閣が誕生し、日中国交回復がなされた重要な時期だったにもかかわらず、その裏で、公明党書記長の矢野絢也は、配下の人間を巧みに使って、自分の利益のための詐欺行為に手を染めていた。
 この象徴的な年の暮れに行われた総選挙では、公明党は言論問題の余波を受けたことなどにより、大敗北を喫した。代わりに躍進したのは、政敵の日本共産党である。
 年が明けた73(昭和48)年。矢野ファミリーによる原野商法はさらに加速度を増していく。1月に七和商事の4階建て自社ビルがようやく完成。同月、矢野らは同じ選挙区の八尾市議だった宮西栄太郎氏に、ただ同然の原野を800万円で売りつけ、さらに川脇氏にも別の原野を2300万円で売りつけた。
 判明しているだけでも、当時の金で4000万円にものぼり、声をあげていない被害者の分を含めると、被害総額はさらにふくれあがる。当時、七和商事の会社の机の上には、現金が山と積まれていたとの目撃証言もあり、矢野ファミリーがそこに足しげく出入りしていた事実も確認されている。
 これらの現金のうち、矢野絢也のもとにどれほどが“キック・バック”されていたかは、いまとなっては定かではない。ただはっきりいえることは、旭川の事務所にうなるように金が集まっていたのと同じ時期に、矢野が地元選挙区内の東大阪市に、時価5600万円もの鉄筋3階建ての豪邸(土地・建物)をキャッシュで購入し、日本共産党の機関紙などで厳しく叩かれたという事実である。
 金額からして、歳費で買ったような代物でないことだけは明らかである。すでに「議員バッジをつけた商売人」へと“内的変身”を遂げていた矢野にとって、支持者など、「いいカモ」にしか見えなくなっていたのだろう。

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