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矢野絢也の「叙勲話」を歓迎する

2009年9月26日

 今週発売の「週刊文春」によると、20年前に“金銭スキャンダル”で公明党委員長職の辞任を余儀なくされた元政治家の「矢野絢也」に対して、叙勲を、「民主党の有力議員が、内閣府に働きかけている」(文春)という。事実なら、歓迎すべきことだ。
 公明党は前身組織の公明政治連盟ができてまもない1962(昭和37)年9月、東京・豊島公会堂で行われた公政連の第1回全国大会の席上、支援団体の池田会長(当時)が、「大衆とともに語り、大衆のために戦い、大衆の中に死んでいく」の基本指針を打ち出し、その後の公明党の基本理念となっていく。
 「大衆とともに」の基本精神を体現する以上、公明党議員としての『価値』は、国民・住民・大衆にいかに尽くしたかであり、役人によって選ばれる叙勲など、あってはならない話であることは論理的にも明確な話だった。
 この禁を破ったのが、元公明党委員長の竹入義勝であり、さらにいま取りざたされているのが矢野絢也ということになる。元公明党議員が「叙勲」を受けるということは、自分が公明党の立党精神を体現することができなかった≪人生の敗残者≫であることを、自らの手で歴史に残すのと同じことであり、後世の歴史家が事実関係を把握する上で、わかりやすい基礎材料となることだろう。その意味で歓迎したいと言っているのだ。
 「勲一等」などという“紙切れ”をもらって、自分の人生の価値を「役人」に決めてもらいたい者はそうすればよい。ほかに誇るべき自身の「勲章」がないことの証左でもあろう。
 それこそ、「蓄財」という私欲のかたまりを象徴するかのような矢野絢也の人生の末期を荘厳するにふさわしい。それにしても、見るからに醜い表情で老いさらばえていく。表情はやはり隠せないものと感じている。

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