アーカイブ

Archive for 2009年9月

元「産経」政治部長らの敗訴が確定  土井たか子名誉棄損訴訟

2009年9月30日 コメントは受け付けていません

 産経新聞の政治部長、論説副委員長などを歴任し、退職後はフリーで記者活動を行っている花岡信昭氏(63)が月刊誌「WiLL」に執筆した記事が原因で、元社民党党首の土井たか子氏に名誉棄損による1000万円の損害賠償などを求めて訴えられていた裁判で、最高裁は29日、一審被告側の上告を棄却した。これで花岡氏や発行元のワック・マガジン、同誌の花田紀凱編集長に1・2審で命じられていた200万円の支払い命令が確定した。
 花岡氏は2006年5月号の「WiLL」で「拉致実行犯シンガンス釈放を嘆願した“社民党名誉党首”」と題する9ページの糾弾調の記事を掲載。そのなかで、「土井氏は知る人ぞ知ることではあるが、本名『李高順』、半島出身とされる」などと記述。これに対し、土井氏側は事実無根として訴えていた。
 この点について、執筆者である花岡氏もワック側も何ら裏付けを得ないまま掲載にいたったもので、「WiLL」は一審判決前の08年11月号で自発的に謝罪文を掲載した。花岡氏らは、この種の裏づけに不可欠な戸籍調査なども一切行わず、裏づけを得ないまま、インターネット上などに流れる噂話をもとに、土井氏を在日朝鮮人と指摘する記事を掲載していた。

 【読売オンライン】 http://www.yomiuri.co.jp/national/news/20090929-OYT1T00948.htm

  ※明日(10月1日)から再度、「矢野絢也」問題を取り上げます。150回程度の随時連載を予定しています。すでに皆様がご存知の内容を繰り返すことも多くなるかもしれませんが、同人のなした「過去の行動」を風化させないための内容ですのでご了承ください。(Y)

広告
カテゴリー:コラム

大和民族は全員、渡来人(古代の在日コリアン)の末裔

2009年9月29日 コメントは受け付けていません

 日本古代史の碩学、上田正昭・京大名誉教授によると、古代にも在日コリアンがいた。渡来人(帰化人)がその人たちで、京都に遷都したことで有名な桓武天皇は母方がそうであったし、桓武天皇のもとで征夷大将軍として蝦夷征伐を命じられた坂上田村麻呂もそうだった。坂上が「帰化人の流れをくむ氏族の出」であることは、新しい歴史教科書をつくる会が作成した扶桑社版の歴史教科書にさえきちんと明記されている。
 つまり、平安京400年の歴史の始まりからしてそのようなものであり、平安初期に中央政府の家柄のリストを明示した書物『新撰姓氏録』によれば、ほぼ3分の1は渡来人系列であったことが明らかになっている。
 いまの感覚でいえば、政権中枢の3分の1が在日コリアン出身者であり、首相もそうであったということだ。
 もともと朝鮮半島からイカダを繰り出せば、対馬・壱岐などを経て到着する先が、九州北岸であることは地図を見ればすぐにわかる。そのためか、弥生時代の遺跡がこの地域に集中するのも当然のことで、邪馬台国論争で九州説がいまも根強いのは、そうした理由による。
 古代九州における独自文化の形成は、朝鮮半島からの「民族移動」で始まったといってもよく、日本民族の先祖はそのまま、朝鮮半島民族といってよいのである。
 古代において九州と朝鮮半島は、双方に行き来する関係であり、「日韓同祖論」は決して誤りではない。祖先は間違いなく、同一なのである。そのことは天皇家においても例外ではなく、天皇家はもともとは九州の一豪族にすぎなかったとの説もあり、7世紀後半に「日本国」の国号ができるころに統一的権力を掌握するとともに、過去の歴史のありようを意図的に改ざんしたとの見方も根強い。
 ともあれ、日本民族はおしなべて、古代の在日コリアンである渡来人の末裔といってよい。そうした歴史的経緯を踏まえることもなく、この100年の間に日本に定着した在日コリアンらに対し、侮蔑的な言辞を吐いたり、「出て行け」などと叫ぶ行為が、人間としていかに愚昧なものであるかがうかがえよう。こうした「抵抗勢力」はいつの世にも出現する。それを乗り越えて進むところに、歴史の進展は生まれる。

カテゴリー:コラム

反学会グループが祝勝会

2009年9月28日 コメントは受け付けていません

 シルバーウイーク最終日の23日、「自公壊滅戦勝祝賀会」なる飲み会が、東京都内の屋形船を使って開催された。主催したのは、ガセネタ常習犯の「乙骨某」や脱会者の「小川頼宣」「古谷博」、さらにはその版元となっている出版社「日新報道」などのグループ。懐かしいところでは、「白川勝彦」元代議士が参加したとされるほか、新しいところでは、“低劣右翼”として名をはせる「黒田大輔」などの名も。小川頼宣は、来年の参院選においても、政教分離を考える会発行の“謀略ビラ”を継続して配布する方針を述べたと伝えられる。

カテゴリー:コラム, 黒田大輔, 乙骨

外国人選挙権  法案は「98年当初」の内容に戻せ

2009年9月27日 コメントは受け付けていません

 新聞ではあまり大きく報じられていないが、公明党の山口那津男代表は26日、この秋の臨時国会で、永住外国人に地方選挙権を付与するための法案を議員立法で提出することを明らかにした。98年以来法案を提出し続けてきた同党にとって、先の衆院解散で自動的に「廃案」となっているのだから、政党としては当たり前の行為であろう。問題は法案の中身である。
 98年当時、最初の法案では、永住外国人のすべて(一般永住者+特別永住者)が対象であったこの法案は、その後、対象枠を段階的に縮小してきた。この問題は細部にわたるためか、あまり議論されることもない。すなわち、北朝鮮の問題がいろいろ取りざたされるようになると、朝鮮籍などを除外した法案を出した。朝鮮籍は別に北朝鮮国籍ではないにもかかわらず、成立を焦る余りか、“必要のない妥協”を重ねたことになる。それでも成立しないと見た当時の公明党幹部は、さらに法案内容を「相互主義」に切り替えた。例えば、相手国で、日本国籍の永住者などに同様の選挙権が認められている場合にのみ、日本側でも相手国の国籍をもつ永住者に対し認めるというものだ。
 例えば、韓国では、永住外国人への地方選挙権付与をすでに認めているので、日本にいる韓国人永住者には認めるという具合だ。さらに欧州では、欧州域内の国家同士は認めていることが多いものの、日本などのそれ以外の国籍者には認めていない場合もあり、相互主義を採用すると、欧州市民には日本では認められないケースが増えることになるだろう。そのため、相手国がこの制度を採用し、日本人永住者に対しても認めているかどうか、日本側はすべての国家における現状を常時、把握しておかなければならなくなり、事務作業は膨大だ。さらに各自治体の選挙人名簿づくりでも、この国はOK、この国はダメといちいち確認し、チェックを行う必要が生じる。これでは制度の意味ははなはだ薄れる。
 結論からいえば、公明党と民主党は、98年の当初案に法案の内容を戻すべきだ。永住外国人の当事者や民族団体の幹部もそのように考えている人たちが圧倒的に多い。
 実際のところ、特別永住者の多い在日コリアン社会では国籍は多岐にわたる。一つの家族に、日本籍、韓国籍、朝鮮籍が混在するケースも珍しくない。公明党の「その後の案」に基づけば、韓国籍の家族には地方選挙権を認めるものの、朝鮮籍の家族には認められなくなる。これでは同じ家庭内に「新たな38度線」をつくるようなもので、到底好ましくない。もちろん、朝鮮籍が北朝鮮国籍を意味しないことは自明のことである。
 民主党は上記の法案を、議員立法ではなく、内閣提出の閣法で提出する方針と報じられているが、公明党が野党の立場にあって、政策ベースで是々非々の態度をとるのは当然のことであろう。
 ちなみに、民主党はこの問題について、マニフェストに掲載したことは過去に一度もないようである。そのため、同党がマニフェストから「外した」と述べる者たちの主張は、正確なものではない。最初から記載されていないのだから、当たり前だろう。ただし、同党の政策集(インデックス)には、きちんと入っているということだ。

カテゴリー:コラム, 外国人参政権

矢野絢也の「叙勲話」を歓迎する

2009年9月26日 コメントは受け付けていません

 今週発売の「週刊文春」によると、20年前に“金銭スキャンダル”で公明党委員長職の辞任を余儀なくされた元政治家の「矢野絢也」に対して、叙勲を、「民主党の有力議員が、内閣府に働きかけている」(文春)という。事実なら、歓迎すべきことだ。
 公明党は前身組織の公明政治連盟ができてまもない1962(昭和37)年9月、東京・豊島公会堂で行われた公政連の第1回全国大会の席上、支援団体の池田会長(当時)が、「大衆とともに語り、大衆のために戦い、大衆の中に死んでいく」の基本指針を打ち出し、その後の公明党の基本理念となっていく。
 「大衆とともに」の基本精神を体現する以上、公明党議員としての『価値』は、国民・住民・大衆にいかに尽くしたかであり、役人によって選ばれる叙勲など、あってはならない話であることは論理的にも明確な話だった。
 この禁を破ったのが、元公明党委員長の竹入義勝であり、さらにいま取りざたされているのが矢野絢也ということになる。元公明党議員が「叙勲」を受けるということは、自分が公明党の立党精神を体現することができなかった≪人生の敗残者≫であることを、自らの手で歴史に残すのと同じことであり、後世の歴史家が事実関係を把握する上で、わかりやすい基礎材料となることだろう。その意味で歓迎したいと言っているのだ。
 「勲一等」などという“紙切れ”をもらって、自分の人生の価値を「役人」に決めてもらいたい者はそうすればよい。ほかに誇るべき自身の「勲章」がないことの証左でもあろう。
 それこそ、「蓄財」という私欲のかたまりを象徴するかのような矢野絢也の人生の末期を荘厳するにふさわしい。それにしても、見るからに醜い表情で老いさらばえていく。表情はやはり隠せないものと感じている。

カテゴリー:コラム, 矢野絢也

「記者クラブ」開放に手間取る「民主党」

2009年9月25日 コメントは受け付けていません

 日本に特有の記者クラブ問題は、官僚が情報統制し、大手マスコミが楽して情報を得るための“もたれあい” の悪しき慣習として知られてきた。民主党は従来、記者会見にはネットメディアやフリー記者の会見参加を認め、オープンな会見を行ってきたというが、案の定、首相官邸での取材では、内閣記者会(=首相官邸の記者クラブ)の壁に阻まれ、いまもフリー記者が締め出されているようだ。今週号の「週刊文春」で上杉隆氏が詳しく報告している。
 村山富市政権が誕生した15年前、社会党の政党機関紙の末席を汚していた小生は、社会党首相や同党官房長官の定期的な記者会見に、記者クラブの壁によって、社会党機関紙の記者でさえ会見取材に参加できない矛盾した実態を記事にしたことがある。記者クラブは日本新聞協会加盟の大手新聞・放送局の記者にしか所属を許さず、当時ようやく外国の大手通信社などに門戸を広げ始めたときであった。もちろん雑誌記者やフリーランス、さらに政党機関紙には参加が認められなかった。
 官僚政治の打破を唱える民主党にとって、この問題は一つの試金石であろう。岡田克也外相はそのへんをうまくやったのか、ネットやフリー記者でも事前登録にし、会見を開放すると発表。一方で、首相官邸だけがモタモタしている。
 今日付の東京新聞でコメントしている上杉隆氏はこう語る。「他の国と同じことをすればいいのに民主党はなぜこんなことでつまずいているのか」「本の執筆や記事の掲載歴などジャーナリスト活動の実績があり、犯罪歴がないなどの条件を政府が審査し、認められれば誰でも出られる」。
 諸外国では、事前審査を受けることで「自称記者」の参加などセキュリティの問題はクリアされるという。つまり、恐喝行為などの犯罪歴の明らかな「瀬戸弘幸」のような“自称記者”は参加対象からは外される。
 民主党の「最初の公約違反」がこの問題と指摘され始めたのは、興味深い現象だ。首相の“足元”にほかならない首相官邸における官僚体制打破に手間取っている現状は、民主党の実際の「力量」を浮き彫りにしているように思えるからだ。

カテゴリー:コラム

在特会に“救い”を求めた「低劣右翼」の黒田某

2009年9月24日 コメントは受け付けていません

 今月10日、さいたま地裁川越支部の一審判決で50万円の賠償命令を言い渡された千葉県浦安市の行政書士・黒田某は、24日朝の時点でまだ控訴の手続きをとっていない。そろそろ2週間の控訴期限を迎える時期であり、控訴しなければこのまま確定することになる。
 同人は自身のブログでも、敗訴の事実にはまったく言及しておらず、関係者からは「不誠実な行動」を指摘する声もあがっている。
 ほかにも街宣活動の内容を名誉棄損で訴えられた裁判が東京地裁で進行しているものの、いずれも代理人(弁護士)に委任せず、本人訴訟で行っている。書面の作成には、東村山市議の矢野穂積らが協力していると見る向きもある。小生も黒田某が被告になった冒頭裁判の口頭弁論を最初に傍聴したときの感想は、「裁判のど素人だな」というものであった。一生懸命虚勢を張っている様子はうかがえるものの、裁判実務の経験は皆無に思えたからだ。それでいて傍聴席にはエキセントリックな取り巻きが占めており、原告側の支援者と見るや、あからさまな威嚇行動をとってくる始末だった。
 その黒田某は、排外主義団体「在日特権を許さない市民の会」(会長・桜井誠)と連携を深め、協力を仰いでいるようだ。今後は在特会もろとも、さらなる「訴訟」も予想される。類は友を呼ぶということであろう。

カテゴリー:コラム, 黒田大輔, 在特会