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「日本会議」が政治を動かした10年

2009年8月31日

 この10年間の自公政治が終焉を迎えることになった。政治は常に結果責任を伴う作業なので、政権交代はある意味で必然の流れだ。いつかは交代する。
 振り返ると、自民党は小渕時代から小泉首相の登場したあたりにかけて大きく変質した。神道や生長の家を母体とする極右組織「日本会議」系議員が幅を利かすようになり、彼らの念願であった国旗国歌法(99年)を皮切りに、首相の靖国参拝、有事法制、自衛隊のイラク派遣、教育基本法改正、防衛省昇格などの政治課題を次々に達成し、一方で夫婦別姓や外国人参政権を成立させないという「政治目標」をことごとく成就してきた。公明党はこうした動きの“防戦”に追われる一方、結果的に確たる存在感を示せずに来たように思う。
 今回、民主党政権が誕生することで、こうした動きとはまったく逆の流れが強まるはずだ。国立追悼施設をはじめ、外国人参政権なども政治課題にのぼるだろう。公明党にとって惜しむべきは、外国人参政権問題を当初から熱心に推進し、「冬柴法案」の異名をとってきた冬柴鉄三氏らが国会から姿を消してしまったことだ。

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カテゴリー:コラム, 日本会議
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