ホーム > コラム, 日本会議 > 「櫻井よしこ」って何様?

「櫻井よしこ」って何様?

2009年8月13日

 よく思うことだが、櫻井よしこという女性はいったい何様のつもりなのだろうか。そう感じるのは、同女が産経新聞紙上でときおり執筆する“時の首相を叱る”式の記事についてである。本日付の産経新聞にも「麻生首相に申す」と題し、1面・2面に彼女の持論が掲載されている。
 靖国参拝を決断できない首相を「無気力の極み」と評し、「日本はここまで大事な価値観を失ってしまったのか」と嘆いてみせる。同女にとっては、靖国参拝が「日本の土台を構築する価値観」ということのようだが、同女個人の意見の表明としてなら、それはそれで自由であろう。
 だが、この記事の末尾は、「首相はいま、だれよりも深く肝に銘じよ」だとか、「名誉挽回に死力を尽くせ」などといいう“命令形”で締め括られる。この奢り高ぶった口調に、へきえきするのだ。
 なにも「国家のために尊い命を捧げた人たちを慰霊する」ことに反対しているわけではない。その方法は、靖国参拝だけではなかろうという大方の意見も省みず、そのことに固執する頑なさに対してである。
 彼女の主張はしごく単純だ。所詮は、極右団体・日本会議などの主張の「代弁者」であり、靖国参拝、自主憲法策定、「自虐史観」の撤廃、外国人参政権は亡国法案といった主張で構成される。まるでどこぞの低劣右翼らともよく似た主張ばかりなのだが、この10年、この種の主張が世の中を大手をふって歩くようになり、その声はますます広まりつつあるように感じる。
 「沈黙の螺旋理論」によれば、一つの言説に対する「対抗言論」が弱まったり、萎縮したりすると、ますます一つの言説は肥大化していく。求められているのは、こうした言説に対抗する言説の拡大ということになるが、進歩派メディアはいたっておとなしい。私が日本の風潮に危うさを感じるのは、上記のような言説の拡大傾向それ自体というより、そうした言説を無抵抗に受け入れているように見える対抗メディアの現状のほうである。

広告
カテゴリー:コラム, 日本会議
%d人のブロガーが「いいね」をつけました。