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何と吼えようと所詮は“恩知らず”の「矢野絢也」

2009年7月3日

 民主党の前代表が賄賂性の強い金をゼネコンからじゃぶじゃぶ受け取っていたかと思えば、今度は現代表が政治献金の「偽造」だ。2人ともカネに潔癖でないことは明らかなようだ。
 状況は自民党もあまり変わらない。そうした両党のカネをめぐるいかがわしさを突いて躍起になるのが日本共産党という構図も、いつも目にする光景である。近年、こうした政治資金をめぐる問題でとりざたされていないのは、共産党と公明党ということになるだろうか。
 公明党についていえば、カネの問題で世間に批判を浴びた“最後の政治家”こそが「矢野絢也」にほかならない。先日、参議院会館で行われた野党によるヒアリングでは、矢野は砂利船問題の田代元参議院議員やリクルート事件で立件された池田克哉元代議士を引き合いに出していたが、責任転嫁もはなはだしい。自分こそが当時の党の最高責任者であり、不明朗な巨額株取引をめぐる金銭授受をめぐって火だるまになって辞任せざるをえなくなった張本人だったからだ。
 加えて矢野は当時、リクルート事件でも名前が上がっていた。つまり、公明党が生んだカネに汚い政治家の“最右翼”が矢野絢也であった。それ以降、世間の信頼を失った公明党は「どん底」からの回復を余儀なくされた。矢野が公明党に対し、どれだけ迷惑をかけたか、損害を与えたかを支持者はまざまざと記憶している。
 宗教政党の出身者には到底ふさわしくない、矢野の骨がらみの“金権体質”が議員引退後も何ら変わらないことを危惧した人々が、同人の更生を願い、注意を重ねたことは事実であろう。結局、矢野はそれに“反発”したということにほかならない。構図は実に単純明快だ。
 矢野がたとえどのように吼えようとも、所詮は同人が最大の“恩知らず”な人間であることは動かしようのない事実である。恩を感じているなどといくら口先で唱えようと、その行動は口先のそれとは真逆だからだ。
 蛇足でいえば、日本共産党は清潔などといいながら、政治資金の問題では「搾取政党」の典型である。例えば同党所属の国会議員秘書が党からいくらカンパを“強要”されているかは、同党の収支報告書を見れば一目瞭然だ。まともに生活できないほどの額を党からピンハネされて、泣いている秘書もいるやに聞く。
 党員を犠牲にして成り立つ政治政党——。確かに法を犯してはいないかもしれないが、市民・党員を“足蹴”にして存続している「非民主」的な団体である事実を忘れてはならない。

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