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国民への「奉仕の精神」を失わせた元凶「矢野絢也」

2009年6月30日

 昨日、早大の大隈講堂で行われた学生主催の講演会「迫り来る国家解体の危機~外国人参政権と人権擁護法案」という集会を取材で覗いてきた。講演したのは日大教授の百地章という人物だが、滑稽な場面が何度か見受けられた。同教授は、外国人参政権に反対している憲法学者の急先鋒として知られるが、学生から「外国人に地方参政権を認めると具体的にどんな危険が起きるのか」と尋ねられると、「日常的にはあまり問題ないかもしれない」と明言。その一方で、「だが、いざとなったらどうなるか」と続け、戦争などの有事になった際のことを例に挙げ、さらに長崎県・対馬の不動産が韓国資本に買い占められているなどと紹介した上で、「在日の人が集団移住したら市長選挙を牛耳ることも可能」などと“暴言”を吐いた。
 聞いていて、“机上の空論”にすぎず、「象牙の塔」の人たちはこんなことを主張して飯を食えるのだからうらやましいと率直に感じたものだ。「対馬が危ない」などと主張するのは現在、産経新聞が行っている事実に基づかない同種のキャンペーンによるもので、それらの報道に乗せられて、こうした右派系の学者や一部政治家が同じ主張を繰り返す傾向にある。
 対馬は韓国に最も近い日本領内の地域(島)だが、永住外国人に地方参政権を付与したところで、こうした島に集団移住するなどという事態は100%ありえない。その意味では、この教授の都合のよい「空想」にすぎないものだが、産経新聞が煽っている上記のキャンペーンは、「事実に基づいていない」という点で報道の水準には明らかに達していない。詳しくは別の機会に譲ることにするが、日本の「エセ右翼」などもこうした≪虚偽の言説≫に簡単に乗せられている。
 現在の日本が抱える最大の課題がこうしたところにないことは、すでに明らかだ。日本の行き詰まりの「根源」は、為政者が国民への“奉仕の精神”を失ったところにあるといってよい。つまり精神的な問題が先にあるわけである。この場合の為政者とは、政府であり、国会議員であり、霞ヶ関の役人のことを指す。見渡してみても、有権者・国民の利益を第一に「捨て身」で行動する者はあまりに少ない。たとえば明治時代の日本などと比べれば、その比率は歴然としていると思われる。
 政治の世界、なかんずく公明党のなかにそうした気風をつくった最大の戦犯が、「矢野絢也」であることは疑いようがない。国民・支持者のためでなく、≪一族の蓄財≫のために行動してきたのだから、どうしようもない。対象がカネでなく女性だった点を別にすると、竹入義勝も「奉仕の精神」を失った元政治家にほかならない。2人が国民に奉仕するのでなく、自分に奉仕した結果、公明党の党勢拡大は大きく遅れてしまった。
 この2人がまともに国民に奉仕し抜いていれば、日本の現在のていたらくも大きく変わっていたはずである。近年、公明党がこうした「遺物」(=異物)の刷新運動に乗り出し、自浄作用を図っているのは、むしろ健全さの現われともいうべき現象に見える。
 政治の世界でたいした実績を残せなかった元委員長「矢野絢也」が、いまも後世の人々に“物笑いの種”を提供し続けている。すでに「歴史の審判」は明確に受けているのだが。

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