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共産党は“党名変更”すべき立場ではないのか

2009年6月17日

 選挙が近づくといつも不思議に思うことがある。日本共産党という政党が、日本を共産主義化するという最も重要なはずの自分たちの「政策的理想」を一切主張することがないという事実についてである。党名に掲げている自らの理想・理念を、有権者にまったく訴えることがないのだから、考えてみれば情けない話である。
 かわりにやっていることは、行政の制度などを巧みに“活用・利用”して有権者の世話をするなどして恩を売り、集票するという方法である。これでは日本共産党ではなく、「日本福祉党」あるいは「日本お世話党」とでも改称したほうが、有権者から見るとよほどわかりやすい。
 現状では、日本共産党という従来の党名を“維持”しながら、その最大理念を選挙運動において一切主張しない政治的態度は、政党としては「敗北主義」そのものに映る。
 もしも「小林多喜二」が現在に生きていたら、これほどの自由社会で、自らの理想を堂々と語ることすらできない日本の共産主義政党の姿に接すれば、幻滅し、即座に離党を決意するに違いない。 
 自分たちの理想が恥ずかしくて主張できないでいるために、違うフィールドで戦うことに彼らは忸怩たる思いはないのだろうか。「名は体を表す」とはよく引用される言葉が、いまから50年前には、共産主義が世界を席巻する時代があった。だからこそ、日本政府の植民地政策の結果日本に居住することになった多くの在日コリアンが、日本社会での陰湿な差別に耐えかね、「共産主義」の旗印に騙されて、北朝鮮に渡っていった不幸な歴史がある。
 いまや大事な息子や娘を北朝鮮へ送ってしまった在日1世は80~90代以上の年齢に達し、私の知る限り、自分の大事な子どもを北朝鮮に送って「よかった」と思っている人は一人もいない。
 こうした北朝鮮とかつては「兄弟党」と名乗っていた日本共産党は、そうした事実に触れられることを極端に嫌う。さらに戦後の日本共産党の再建に尽力したなかに、こうした在日コリアンの共産主義者たちが多くいた「事実」もあまり触れてほしくない事柄のようだ。
 同党には共産主義という自らの理想を、声高に主張できない“確たる歴史的経緯”がある。さらには多くの国家における実験において、ほとんど成功することのなかった「失敗の証明」がある。
 日本共産党は、自分たちの理想に自信がもてないのなら、潔く、党名を変更すべきではないのか。自ら掲げた理想と、現実とが、これほどギャップをもつ政党も珍しい。

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カテゴリー:コラム, 日本共産党
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