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矢野絢也の素顔  52  別荘を購入し、ゴルフ三昧

2009年6月7日

 公明党書記長の立場にあった矢野絢也が、三重県の賢島に300坪以上の別荘を取得したのは、1972(昭和47)年7月のことである。近鉄賢島カンツリークラブという名の近鉄グループを代表する「名門」ゴルフ場がオープンして間もないころで、そのクラブハウスから歩いて2~3分の至近距離に位置する物件だった。この不動産はゴルフ場の近くにホテルができるなど利用価値が低くなったのか、新宿区に時価8億円の豪邸が落成する年に、元秘書が運営する財団法人に売りに出された。
 この物件の所有者の変遷はかなり興味深い。一覧すると、次のようになる。

 1 矢野絢也(72年7月)
   ↓
 2 元秘書Nの運営する財団法人(84年1月)
   ↓
 3 元秘書Nの妻などが経営する同族会社(84年3月)
   ↓
 4 矢野清城(94年6月)
   ↓
 5 矢野ファミリー企業(02年9月)
   ↓
 6 別会社?(08年8月)
 
 要するに、登記簿上は、矢野本人の手を離れた後は、矢野ファミリーの間をたらいまわしにされ、いったんは長男・清城の手に戻ったものの、さらに別のファミリー企業に転売されていったという経緯が見て取れる。さらに(2)の財団法人が買い入れする際は、いつもながらの加州相互銀行(金沢市)の東京支店による根抵当権が設置されていた。
 これらは「野党の田中角栄」と蔑称された矢野絢也の遊興を示すごく一端の事実にすぎないが、当然のごとく、矢野本人の売買においては抵当権は設定されていない。キャッシュで買ったと思われるが、この昭和47年は、まさに原野商法という名の詐欺商法に彼らが本格的に乗り出していった年であることを、国民はしっかりと記憶にとどめておく必要がある。

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カテゴリー:コラム, 矢野絢也
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