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矢野絢也の素顔  50  言い逃れできない“ペテン師”

2009年6月1日

 原野商法という名の“詐欺商法”に手を染めた矢野絢也のダミー会社「善興」が設立されたのは、1973(昭和48)年2月8日のことである。大阪法務局にいけば同社の閉鎖登記簿を手に入れることができるが、すでに設立当時の役員欄が載った箇所は廃棄されており、目にすることができるのは、75(昭和50)年9月に登記された以下のものである。

  取締役 矢野千代子、矢野功、山本 ○○、寺田○○
  代表取締役 矢野功

 ところが、原野商法とは無関係と言い逃れした矢野絢也の発言を被害者らが名誉棄損で訴えた裁判では、設立時の役員欄が記載された閉鎖登記簿が証拠として提出されていた。そこには次のように記載されていた。

  取締役 山本 ○○、矢野功、寺田○○、矢野菊枝
  代表取締役 山本○○
  監査役 矢野満子

 解説を加えると、矢野菊枝(旧姓・山本)は絢也の実母であり、いとこの矢野功から見ると、伯母にあたる。設立時から、役員はすべて絢也の親族あるいは、息子・清城の家庭教師などで占められていた。見逃せないのは、監査役に絢也の配偶者である満子が就任している点である。
 矢野がこの会社はいとこの功が勝手に経営したもので一切関係ないなどと開き直ってみたところで、この「事実」は消しようがない。当時、公明党書記長という要職にあった議員の妻が、会社役員に就任するに際し、何の相談もなく勝手にやったとはとうてい考えられない。実際、上記ファミリーは、北海道の不動産会社から“接待旅行”に招待され、豪勢な北海道旅行を楽しんだ経緯もある。
 実質的には、「善興」は矢野絢也が設立し、支配していた会社と見るほうが自然である。

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カテゴリー:コラム, 矢野絢也
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