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矢野絢也の素顔  48  原野問題で「真実性」立証を避け続けた矢野側

2009年5月28日

 「財界にっぽん」という雑誌で、政治家・矢野絢也が密接にからんだ原野商法詐欺事件について、最初に被害者の告発記事が出たのは2005年11月である。矢野の公設秘書やいとこが矢野後援会のメンバーらを勧誘し、北海道のただ同然の原野を「将来新幹線が通るから」などといって時価の数百倍以上の値をつけて売りさばいた詐欺事件のことである。この告発キャンペーンが始まって、矢野本人は「一切関与していない」などと否定を重ねてきたが、よって立つ根拠は“皆無”に等しいものだ。
 その後、矢野はあるジャーナリストから“直撃取材”を受けた際、そこでも関与を否定した。その対応に怒った支持者らが、矢野を名誉棄損で訴えた裁判が大阪で進行していたが、矢野は「一切関与していない」と主張しながら、裁判では最後まで具体的な事実経過について触れようとしなかった。
 そこに立ち入ると、原野商法に関する具体的事実が露呈してしまうと恐れたことが明白である。
 矢野ファミリーの原野商法の被害者には、後援会幹部のほか、矢野の親戚関係も何人か含まれていた。当時、問題化しようとした親族も一部にいたようだが、矢野の公設秘書らが懐柔工作に乗り出し、結局のところ、公になることはなかったという。
 1975(昭和50)年ごろ、被害者を集めて“ガス抜き”のための説明会が大阪市内で開かれたという。騙されたと疑心暗鬼になっていた被害者らに対し、問題の不動産会社幹部らは「再開発を行う」などの抽象的な話に終始したため、怒った被害者の一人が「もっと具体的に話せ」とクレームをつけると、後日、矢野絢也本人がこの男性に対し、「そういう水くさい付き合いをするんやったら、こちらにもそれなりの付き合い方をするしかないな」と突然、告げてきたという。男性は公明党書記長の突然のタンカに、何を怒っているのかさっぱりわからず、ずっと心にひっかかったままだったという。
 その疑問が氷解したのは、この問題が発覚する2005年にかけてで、事件当時、原野商法を円滑に進めたいと希望していた矢野絢也にとって、横槍をはさむような言動は「邪魔」に見えたのだと気づいたわけである。
 矢野は、「原野商法に関与していない」と主張するのなら、自分の妻や実母を役員にしたダミー会社との関係について、何をアドバイスしたのか、どう関わっていたのかなどを具体的に述べればよい。そうして身の潔白を証明すればよかっただけの話だったが、やましいところがあるのか、有効な主張をなすことが一切できなかった。この事実そのものが、元政治家としては「失格」というほかない。

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