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創価学会報道の歴史的貧困

2009年5月25日

 講談社が最近発売した『ノンフィクションと教養』というムック本では、10人の評者が過去のノンフィクションの傑作・名作を100冊ずつピックアップして簡単に論評していた。評者はノンフィクションライターからスポーツライター、小説家、学者までさまざまだが、セレクトされた合計1000冊のなかで、日本共産党と創価学会に関するノンフィクションは以下のようになる。(※は評者氏名・敬称略)

 【日本共産党】
 ●日本共産党の研究(立花隆、講談社文庫) ※佐藤優、佐野眞一、岩瀬達哉、魚住昭、重松清、二宮清純、原武史
 ●スパイM(小林峻一ほか、文春文庫) ※佐野眞一

 【創価学会】
 ●池田大作「権力者」の構造(溝口敦、講談社α文庫) ※岩瀬達哉
 ●聞書庶民列伝(竹中労、三一書房) ※魚住昭

 ほかに学者の原武史氏がノンフィクションと異なる形態の書物をあげているのは、ここでは除外する。上記のノンフィクションを見て気づくのは、日本共産党については立花隆というすぐれた書き手が残した『日本共産党の研究』を多くの評者が推しているに比べ、創価学会に関するノンフィクションは驚くほど少ないという事実だ。むしろ皆無といってよい。こんなところにも日本の創価学会報道の貧困ぶりが如実に反映されている。
 魚住氏が挙げている『庶民列伝』はルポライター・竹中労の晩年の労作だ。ただし最後は中途半端な形で終わっているのが残念な本である。一方、岩瀬氏があげた溝口本は、私にいわせれば、ノンフィクションにはほど遠いキワモノ本といった類の本である。
 初期のころの聖教新聞などの資料を丹念に読み込んで作品化した努力は認めるが、なにせ取材している相手が“ペテン師”山崎正友など特定のアンチ勢力に偏っていることに加え、溝口は、上記の客観的資料の上に自分の「妄想」を自在にかぶせて描いているために、結局、「真実」とはほど遠い人物像しか立ち上がっていない。当然ながら本人取材も、まっとうな本人観察もない。いうなれば、ノンフィクションの基本を踏み外した書物にすぎないのだ。
 小生にはそんなものを講談社が文庫化したこと自体が信じられない出来事であったが、この本は今後、乙骨某の『怪死』と同じく、ジャーナリストが陥ってはならない「失敗作品」として、ノンフィクションの歴史に残されると感じている。このことは玄人筋がみれば明らかで、岩瀬氏一人しか推薦していない点からも自明のことである(岩瀬氏がこの本をきちんと読んでいるとは小生には到底思えない)。
 これまで内藤国夫を筆頭に、溝口敦、段勲、乙骨某といった書き手が、さんざん教団報道を行ってきた。それでもきちんとした評価すべきノンフィクションが皆無であるとはいったいどういうことか。結局は「ためにする情報」しか彼らが発信してこなかったことを反映している。段、乙骨は“元会員”の立場から、溝口は“共産系の出自”からくるアンチ報道にすぎなかったというわけだ。この分野はもっとまっとうなライターに参入していただきたいと、このコラムでは再三主張している。

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カテゴリー:講談社, 日本共産党
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