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矢野絢也の素顔  43  アンチから“往復ビンタ”で「決起」を促される人物

2009年5月13日

 矢野絢也が第4代公明党委員長に就任する日の朝(1986年12月5日)、全国紙に掲載された月刊誌の広告が読者の目を引いた。タイトルは「矢野絢也新委員長のアンタッチャブル人脈」というもので、サブに「“清潔な公明党”が泣く!?」と付されていて、矢野の人物像が金銭問題を中心に詳細に記されていた。執筆したのは、“希代のペテン師”山崎正友などと親密な関係にあったジャーナリストの溝口敦である。
 記事のなかで、矢野が大阪と東京にあわせ持っていた「豪邸」の実態、さらに元秘書を実業界に送り込んで「俺は秘書を使って商売をさせているんだ」とうそぶいたという事実、ファミリー企業の実態なども詳述されている。結論として、「矢野こそ、体質を変えた公明党のシンボル」とまでこき下ろしていた。つまり、矢野はクリーンなイメージをもって国会に出てきたが、いまではその体質を変えてしまった公明党内のシンボルと位置づけられていたわけである。
 面目をつぶされた新委員長の矢野は、早速、雑誌社に対して謝罪と取消しを要求。7日付の公明新聞にはその抗議文が掲載され、雑誌社側は3月25日付で矢野側に釈明文を届けたことになっている。だが、その記事で示された内容には、いま振り返ると、真実としか思われないものも多く目立つ。矢野は抗議文で、秘書を使って金儲けしようという「事実も意図も全くない」などと主張していたが、実際は元秘書らから多額の献金を受け取っていた。まさに金まみれであったことは事実である。
 もともと溝口敦は、共産党系の土壌から教団批判を始めた人物として知られるが、最近矢野問題について次のような記述をしていた。列挙すると以下のとおりである。
 「矢野氏は明電工関連株の授受に明らかなようにカネに汚れて弱みを持つ政治家」
 「(矢野氏は)元国会議員としての誇りも根性もなく、ずるずると後退した」
 「矢野氏の手は汚れている」(山崎正友などを違法に迫害したとの趣旨)
 その上で最後には、「矢野氏にはさらなる働きを期待したい」とエールを送っている。これは乙骨某が主宰する小冊子の巻頭記事に掲載されていた内容だが、委員長時代に「アンタッチャブル人脈」とこき下ろされ、さらに矢野が立場を変転させたいまも「カネに汚れて弱みを持つ政治家」と同じ人物に批判されている。それでいて「さらなる働きを」と矢野は期待されているのだ。要するに矢野絢也はアンチ・ジャーナリストから“往復ビンタ”され、「決起」を促されているといった構図である。
 立場によって行動を変転させる人生ほど哀れなものはない。最終的にどちらからも本当の意味での信頼は得られず、結局は相手にされなくなる。矢野絢也の「生きざま」を顕著に示している。

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カテゴリー:コラム, 矢野絢也
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