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矢野絢也の素顔  42  「詐欺師」と「虚言」の関係

2009年5月11日

 三題噺ではないが、詐欺師の最大の特徴は、虚言を平然と口にできることである。詐欺師の商売道具の最たるものが、虚言と言い換えることもできる。元弁護士・山崎正友は女性から2000万円以上の金を引き出して用が済むと冷酷に斬り捨てるといった行為により、その女性からは「女好きの詐欺師」と罵られた。さらに巨額の手形詐欺を実行し、摘発寸前になったこともある。法廷でも多くのウソを平然と口にしてきた。それでも、弁護士という職業は「公人」とはいえない。税金で飯を食ってきたわけではないからだ。
 一方の矢野絢也は長らく税金で生活の原資を得てきた。昭和40年代には自らのダミー会社を設立し、会社は詐欺商法で大儲けした。これらの行為により、矢野は「詐欺師」と言われても仕方ない面があるが、山崎と異なる点は、矢野は「公人」であったという歴然たる事実である。政治家は国民全体の生活の責任を負うべき立場のはずだが、その意味で、山崎個人の詐欺行為と、矢野のそれとは、その責任の重さは大きく異なってくる。
 古今東西、詐欺師的人物は「虚言」を多用する。これはそのまま矢野にも共通する傾向だ。自分の身を守るためなら、どんなウソでも平然と言ってのける。さらに配下の第三者に「偽証」させることも、朝飯前の行為である。
 山崎は自らの刑事裁判で無罪を勝ち取りたいあまり、法廷で親友に「偽証」させていた事実が後年明らかになった。一方の矢野は、自らの不正な株取引疑惑(いわゆる明電工事件)をとりつくろうために、最も関係の深い元秘書Nを使い、うその証言を行わせた。政治家である矢野を守るため、記者の目の前で虚偽証言を行わせたのである。 詐欺師の行動は、どこまで行ってもウリ二つであり、似通っていた。その意味では、「詐欺師」と「虚言」は切っても切れない表裏一体の関係にある。
 同じ詐欺行為でも、公人の行う詐欺と、私人の行った詐欺とでは、意味が異なる。矢野絢也という“元公人”に、何かを偉そうに主張する「資格」がないことがおわかりいただけようか。矢野がまずなすべきことは、自らの過去の「詐欺行為」を国民に向かって説明し、率直に詫びることであり、第三者に「偽証」までさせて自分の身を護ろうとしたその“卑しい心性”を自ら直視することではないのか。

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カテゴリー:コラム, 矢野絢也
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