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矢野絢也の素顔  40  いま住む「豪邸」を“詐欺商法”で得た可能性

2009年5月7日

 元政治家の矢野絢也は現在、東京新宿区の市谷甲良町に新築した3階建ての「豪邸」に住んでいる。土地は97年に購入し、建物は98年にできたものだが、前年の96年には奈良県生駒市に所有していた800平方メートルのさら地を売却して「巨利」を得ていた。この利益が資金源になったことはほぼ間違いないが、その奈良県の土地を購入したのは1974(昭和49)年1月のことである。
 買った相手は矢野が大学卒業後に勤務した一部上場企業の大林組で、矢野は最近の法廷などでは「2000万円足らず」で購入したと証言している。ただ同然のさら地から利益を得ることができたのは、その後宅地開発された土地だったからである。ゼネコンであり、矢野が政党幹部であった関係上、行政情報にはいち早く接する機会があったことはほぼ間違いない。
 矢野はその前年の73(昭和48)年8月、東大阪市に鉄筋3階建ての自宅を購入した。対立政党の日本共産党からは不透明な購入資金をめぐってビラなどを使ってさんざんに攻撃された経緯がある。矢野はその前年にも三重県に別荘を購入していた。法廷で同人が述べた言葉によれば、購入金額は以下のようになる。
  72年7月  三重県の別荘  700万くらい
  73年8月  東大阪の豪邸  3000万ちょっと
  74年1月  奈良県の土地  2000万足らず
 上記を単純に合計すると、6000万円近くにもなるが、いずれも抵当権は設定されておらず、キャッシュで買ったものと見られている。昭和40年代の貨幣価値はいまとは全く異なる。歳費だけで購入できる金額でないことは明らかだ。上記の不動産購入の歴史に、矢野が自らのダミー会社「善興」を設立し、原野商法という名の「詐欺商法」に手を染めた時期とを重ね合わせてみよう。
 株式会社「善興」は73年2月に設立され、北海道の原野は73年から74年にかけて大量に売りさばかれた。さらにそれ以前にも矢野絢也のいとこは、旭川市の七和商事に出向するなどし、盛んに営業活動を重ねていた。これらから言えることは、矢野のダミー会社あるいは矢野ファミリーが「原野商法」に暗躍して巨利を得ていた時期と、矢野絢也本人が多額の不動産を購入した時期とは、ピタリと一致するという「事実」である。
 つまるところ、矢野が現在住む新宿区の豪邸は、奈良の土地を売却するなどして得たものであり、その奈良の土地は、原野商法を繰り広げている時代に購入された。この「疑惑」に、本人は明白な証拠をもとに答える義務があろう。
 残念なことは、本来、国民泣かせの悪徳商法(=原野商法)を追及すべきはずの立場にいた公明党の書記長(当時)が、悪徳商法を実行し、国民に多大な被害を与える側にいたという歴史的事実である。しかもそのことを、本人はごく最近まで隠し通してきた。さらに多くの証拠が明らかとなったいまも、その事実を一切認めようとしない。「虚言体質」は“拝金主義者”に共通する傾向のようである。

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